魔法の原理
「そうですよ。天野君はできます。応援してますよ。」
 そういって小林は机の上にあったチョコレート菓子をひとつとって天野に握らせた。無条件の母なる愛を右手に感じる。
「ありがとうございます。なかなかに落ち込んでいたんですが、今、先生の言葉でやる気に満ち溢れています。」
 信じたことが現実となる。昨日ココロ(名前を思い出すのに少し時間がかかった)に言ったばかりじゃないか。自分が得意だと信じて疑わなく、努力を続ければ、実現するのだ。結果論の先取りをしているような気もするが、根拠さえも必要はない。自分が信じるか疑うかのどちらかだ。得意と認めていたことを、諦めたり恥じたりする必要はない。確信は自信となり、それが自身に宿り剣となる。逆境に抗う武器だ。人はそうして強さを得るのではないか。
 天野はチョコレート菓子を学生服のポケットにしまいこみ、もう一言礼を付け加えて箒を取りにいく。背後で班員の声がする。学校の当番制の掃除を、嫌だと思ったことは殆どない天野だが、今日は楽しささえ覚えた。

 天野は音楽が好きだ。とはいっても音楽的な教養が深いわけではない。自己流でピアノを習得し、独学で作曲についてあれこれ調べた。そして唄を歌うのが好きだ。ところ構わず、大体何か口ずさんでいる。
 さらに、文学も好きだった。とはいっても文学少年と言うほど古典や名作を読み込んでいるわけでもないが。結局のところ自己満足だといえばそれまでだ。しかし天野は、自己満足とそうでないものの区別は誰もつけられないと思っている。
 二つの趣味があわさった結果、天野は歌を作り、歌うようになった。自己表現の一種だ。誰に聞かせるでもなく――いや、他でもない自分に聞かせるために歌を歌うのだ。自分がほしい言葉を、自分がほしい旋律で。

 帰宅すると、机に向かい、ノートを広げた。いつも使っているシャープペンシルを取り出し、癖のある字で言葉を書き連ねる。手は止まることがなかった。最後に暫く考えてから、ノートの最上部に『剣歌』と題して、ピアノの前に向かった。
 歌にするのだ。小林にもらった言葉。取り返した”自信”を持つ自信。本番の試験は二月。時間が残っている以上、自分の力はこんなものではないはずだ、と思うことができる。
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