*NOBILE*  -Fahrenheit side UCHIYAMA story-



思えばたとえ仲間であろうと勤務時間内に素を見せるのがはじめてだった。


イシカワ君もただごとではない気配を察したに違いない。


いや、彼は私の裏の顔を見るのが好きなのだ。


柏木様には一度お部屋に戻っていただいて、


その後届いた花束を私自身が彼女の部屋に届けることにした。


何事か不思議そうにして出てきた柏木様にその花束を手渡し、





「ひなげしには“希望”“いたわり”“おもいやり”などの花言葉があります。


どうかお心穏やかに」





彼女にそれだけを伝えると、


彼女は目をぱちぱちさせながら驚いた様子を見せていた。


それでもすぐに


「これを私に?ありがとうございます」


と彼女はにっこり笑顔を浮かべた。


ちなみに私は花言葉なんて全然知らない。


これは…逃げ……じゃなくて、別れた妻が好きだった花で、当時花言葉を教えてくれたからだ。


まさかこんなところで役に立つとは。


「ひなげしは虞美人草(ぐびじんそう)とも呼ぶんですよ」


柏木様はひなげしの花びらをそっと撫でると、ほんのちょっとだけ笑った。


私が知るひなげしの―――可憐な笑顔だった。




「虞美人……?」


「ええ。項羽(コウウ)と劉邦(リュウホウ)の 最期の戦いのとき、項羽は愛する虞妃(グキ)とともに劉邦の大軍にまわりを包囲されたんです。

項羽は別れの宴を開いてから最後の出撃をし、虞妃も自刃して殉じたんですが彼女のお墓には美しいひなげしが咲いたとか。


悲しいお話しですよね。



三国志ですよ」




くすっ


彼女は悲しそうに小さく笑って扉を閉めた。



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