*NOBILE* -Fahrenheit side UCHIYAMA story-
事件です。
私はその日夜勤の週だった。朝までカウンターに居たが、柏木様とその男が出てくる気配は―――なかった。
「なにもんだよ!!」
私はコーヒーのカップをソーサーに叩きつけながら声を荒げた。
幸いにも土曜日の朝の喫茶店に客は私たち以外いなかった。
「飲んでもないのに素!?夜勤明けだからか?」
と目の前でイシカワ君がびっくりしたように目をまばたいている。
………
「イシカワ君、君は何でここに居るのかな?」
「ウチヤマさんのことが心配で。出て行くとき“闇討ちしてやる”とか何とかブツブツ呟いていましたよ」
闇討ち…ブツブツ…
私は思わず額を押さえた。
見られたのがイシカワ君で良かった。
イシカワ君はまるで二重人格のような私の素を知っている数少ない仲間だ。
「何ものって誰のこと言ってるんすか?」
とイシカワ君はわくわく。
心配……してるんじゃないんかよ。
「いや。気にしないでくれたまえ。夜勤明けの戯言だ」
私は少しだけ手を上げると、
「戯言って!ウチヤマさん相変わらず面白いな!」
イシカワくん、君はもっとキリっとした方がいいよ。