*NOBILE*  -Fahrenheit side UCHIYAMA story-

溺れているのは確かに柏木様の上の階のモリヤマ様だった。


私は北島 康介もびっくり!の速さでモリヤマ様に近づいた。


見よ!このスイミングテクを!!


「ウチヤマさん、すっげー速い!!でも……」


ブハッ


イシカワくんはこらえきれず吹き出すと、


「い、犬かき!?」


と、柏木様もいらっしゃると言うのに気品を欠いた声で爆笑して腹を抱えている。


「……すみません…不謹慎ですけど…」


と、


柏木様も口を覆って細かく震えている。


柏木様―――…


私はあなたが笑っているのを見るのが好きなのですよ。


だけど


今はちっとも嬉しくない!


ってか笑うなら、いっそ爆笑してください。


「しっかり、モリヤマ様」


私は初老の彼を担ぐように肩を抱えると、モリヤマ様は安心したように大人しくなった。


「いやぁ、すまないね。私がどうしてもと言ってプールを貸してもらったんだよ」


助け出され、プールサイドに座り込んだモリヤマ様が大きなため息を吐く。


その拍子に水を飲み込んだのだろう、僅かに咳き込んだ。


私は彼の背中をさすりながら、柏木様を見上げた。


彼女は近くにあったバスタオルを私に貸してくれて、


「私は泳ぐことが目的じゃなかったので。いつもデッキチェアに座って読書するだけなんです」


と、説明をくれた。ああ、だから水着を着用していなかったのだな。


………


私は何を考えてるんだ。


だがデッキチェアに座り、緩やかな水の音を聞きながら読書をする柏木様。


それはそれで絵になっていていい。


………


私は!何を考えているんだ!!


と、一人妄想を膨らませている私の横で、


「すみません、まさかこんなことになるとは」


と申し訳無さそうに項垂れる柏木様。


「いえ。柏木様は何も」


「本当に申し訳ない。ゲン担ぎなんですよ。ここで泳いだあとは狙っていた契約が何故かとれるので」


モリヤマ様も項垂れながら、それでも恥ずかしそうに笑った。


そういえばモリヤマ様は大手某保険会社の支社長であられた。


「いや。お恥ずかしい」


「いえ。大怪我をされなくて良かった。でも念のため病院で検査を受けてください。


救急車に抵抗がございますのなら、こちらから送迎車を出させますので」


「いや、結構。せっかく心配して呼んでくれたのだからそれに乗っていくよ」


「お大事にしてくださいね」


と柏木様も心配そうにしている。




イシカワ君に支えられた格好でよろよろと出て行くモリヤマ様はちょっと振り返って、






「カシワギさん、それから




ウチヤマさん。




ありがとう。あなた方は私の命の恩人だ」





モリヤマ様は頭を下げ、よたよたと危ない足つきで





出て行かれた。






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