*NOBILE* -Fahrenheit side UCHIYAMA story-
カンナ
変った名前だな。恐らくファーストネームじゃないだろう。
カンナ…カンナ……どこかで耳にしたような…
この記憶力の良い私があの華やかな男のことを忘れることはないが……
うーん…と考え込んでいると、
ふと思い出した。
つい最近のことだ。電車の天井からぶら下がっている広告だ。
確か経済誌の広告で……
“神流グループ”
総資産は5000億を超え、子会社も含め従業員数3,000人と言う大会社だ。
私は聞き間違いかと思って彼の方を振り返ったが、
「風邪ひいたってササキから聞いたから…ちょっとお見舞いに……って、迷惑だよね?突然」
彼は私の視線に気付かずに、必死に喋りかけている。
喧嘩でもしたのだろうか。ざまぁ、と一瞬思ったが一生懸命に話しかけている彼の姿が―――私の目には綺麗なものに映った。
柏木様は
この男に愛されているのだ。
しかし
―――……風邪?
と言うことは柏木様は今日一日あのお部屋におられたということか。
私としたことが。
まぁだからと言って私の立場から何かをすることもできないわけだが。
彼は短く二、三会話をして
エレベーターホールに向かっていった。
そしてその晩、彼はまたも
このカウンターの前を通って帰っていくことはなかった。