*NOBILE* -Fahrenheit side UCHIYAMA story-
それからも例のあの男…カンナはちょこちょこと柏木様のマンションに来ている。
気になったが気にしてはいけない。
お客様のプライベートに首を突っ込んではいけないのだ。
私はコンシェルジュ。
ある日、イシカワ君が缶コーヒーやら、菓子やらをいっぱい買い込んでコンシェルジュ専用の控え室のテーブルにそれらを広げていた。
「あ、ウチヤマさん。これから休憩でしょう?缶コーヒーですけど、一緒にどうですか?」
イシカワ君は人懐っこい笑みを浮かべてコーヒーを掲げた。
「どうしたんだい?これは」
「4705室の柏木様からいただいた……って言うのは違うか」
「まさかチップを受け取ったんじゃないだろうね」
私が腕を組むと、
「違いますよ~。さっき例のごとく花を届けに行ったら、ピザをとってくれって頼まれちゃって。お釣りはとっておけって言ってくれたんで♪
あ、柏木様じゃなくて男の人だったな」
カンナ―――……か。
「気前いいですよね。全然嫌味じゃなくてスマート。俺もあんな風になりたいな~」
とイシカワ君は菓子の一つをもぐもぐさせている。
「イシカワ君、君そのお金を自分の財布に仕舞おうとは思わなかったかい?」
別に受け取るな、とは咎めないけれどわざわざ報告してきて、しかも山分けときてる。
バカ正直と言うのか、人が良いと言うのか。
「だってお花を用意したのはウチヤマさんでしょう?俺は運んだだけだし」
と言ってイシカワ君は気にしてない様子で缶コーヒーに口を付ける。