*NOBILE* -Fahrenheit side UCHIYAMA story-
明子に赤いひなげしのしおりを差し出すと、彼女はおずおずとそれを受け取った。
別れてから五回目の誕生日。
別れる前の誕生日を、私は祝ってあげられなかった。
仕事上のトラブルがあって、泊り込みだったのだ。
せめて
「おめでとう」と言うべきだったが、
『あなたはお客様のことは覚えていても、私のことは覚えていてくれないのね』
それが彼女の最後の言葉だった。
それが、彼女が去った―――本当の理由。
ああ、言っておきますが、
私は決してゲイではありませんよ。
「それじゃ」
それだけ言ってくるりと向きを変えると、
「待って!」
彼女が慌てて私の腕を掴んだ。
私が振り返ると、
「久しぶりに走りにいかない?」
彼女は微笑んでいた。
あのひなげしのようなたおやかで、しかしその生命力は力強く、
まっすぐで上品な
柏木様の笑顔と似ている。
いや、明子の笑顔を、柏木様に重ねていたのか……
「走る?」
「私たち、走死走愛(そうしそうあい)でしょ?」
明子はイタズラっぽく笑って、バイクのハンドルを握る素振りを見せた。
そう、彼女は元レディー……いや、みなまで言わないでおこう。
こんな両親の元に生まれた未依がまともに育ったのはまさにキセキだな。
「いいね。久しぶりにぶっ飛ばすか」
私は明子の手をそっと握り返した。
「ねぇ、ところで何で私の居場所が分かったの?」
「ふふっ。私は何でも知ってる」