*NOBILE* -Fahrenheit side UCHIYAMA story-
制服であるスーツの胸ポケットにさしたネームプレートでも見たのだろう。
黒いプラスチック製のプレートに金文字で“UCHIYAMA”と彫ってある。
ネームプレートまで高級感が漂っているな。
しかし従業員以外誰も気にしないと思っていた。
だから彼女に名前を呼ばれたときは正直驚いた。
「おかえりなさいませ、柏木様。郵便物が何通か届いております」
例のごとく彼女の帰りに挨拶をして、郵便物を渡すと、
「いつもありがとうございます。ウチヤマさん」
と彼女が頭を下げて受け取ったのだ。
びっくりした。
住人に名前を呼ばれたのは初めてだから。
驚きすぎて私はおかしな踊りをしそうになったが、
コホン
空咳をしてすぐにいつもの笑みを浮かべる。
「ほかにご用件がございましたら、なんなりと」
「ええ、ありがとうございます。またお願いします」
彼女は無表情に言って歩き出す。
仮面を付けた様にぴくりとも頬の筋肉を動かさず、にこりともしない。
機嫌がいいのか悪いのかも私には分からない。
ただ
何となく“ここ”があったかい。
私は自分の胸元をそっと押さえた。