愛し
里美が買ってきた物を冷蔵庫にしまっていると、その中に陽平が望んでいたコーラが見えた。ラッキーと素早く一缶奪うと、再度テーブルに腰掛ける。

「ちょっと! お行儀悪いからちゃんと椅子に座りなさいよ!!」

食品をしまい終え、レシートと家計簿を用意する里美が注意するも陽平は聞く耳も持たずに新聞を広げた。するとコッチを向けというようにバッと奪い取られる。

「おい! 何すんだよ!!」

「明後日なら曇のち雨の予報!!!」

「はあ?」

「デートなんでしょ? 結衣ちゃんって子と。天気、気になるよねぇ」

週間の天気予報欄を指先でなぞる里美に、先ほど読んでいた漫画であれば『ドキッ』と太字で表現されそうなくらいに陽平の胸は音を立てた。冷静を装ってはいるものの、コーラ缶を思いっ切り上下に振っており、動揺を隠せていない。

一方の里美は、陽平のことなどお見通しといった様子だ。

「カレンダーに書いてあったもの。赤のマジックで大きく、『結衣ちゃんと初デート♥(おまけ付)』って。ねえ、結衣ちゃんって誰?」

「勝手に部屋覗くなって!!」

「掃除機かけてたら見えちゃったのよ」

恥ずかしさから陽平は怒り口調になっていたが、里美は気にもしていないようで飄々としている。

とにかく、あれだ。今度から自分で掃除機をかけることにしよう。項垂れている陽平を横目に、里美は「それにしても残念ね」と言葉を続けた。

「『せっかくの七夕ですが、残念ながら天の川を見られる可能性はとても低いでしょう。去年に引き続き、今年も彦星と織姫は会えないかもしれませんね』って川村さんが言ってたもの」

メガネを掛けている風を装い、右手を目元に当ててクイッとフレームを持ち上げる仕草をしつつ、最後は哀愁を漂わせるように斜め下を向いた里美に、陽平はハテナマークを浮かべる。

「今の誰の真似?」

「川村さん」

「何丁目の川村さん?」

「美脚をお持ちの、お天気お姉さんの川村さん」

あの人、川村さんっていうのか。

ずっと知りたかったお姉さんの名前を知れたというのに、頭に浮かぶ笑顔は結衣ちゃんで。すっかり惚れてしまったようだと若干照れながらコーラ缶を開けるとブシュッと中身が噴き出した。

「何やってるの」と呆れながらも片付けを手伝った里美が、床を拭き終わったティッシュを捨てる為、缶ビールが入ったままになっているゴミ箱を開けるまで後三分。



とりあえず、お天気お姉さんの名前がわかったってことは遼にメールしておくか。


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