こうして僕らは、夢を見る
「随分可愛くなったな?垢抜けたわ。あのお転婆の蕾も大人になったか。そこらの若旦那を手玉に取っとるんだろうな。」
「まさか。からっきしです。」
「ほお?蕾は可愛いぞ?」
「どーも。そう言う先生は老けましたね?」
「がはは!そりゃあもう51だからな!だが元気だぞ?まだ現役で陸上部の顧問だからな。」
「ならスパルタは相変わらずなんですね。かなり私も扱かれましたから。何度泣いたのやら。」
「がはははは!愛だ愛!蕾に対する莫大な愛が籠ってるんだぞ!?今となっては良い思い出じゃないか。」
話しが弾む弾む。
私達は【陸上部】の前で和気藹々と話しに花を咲かす。
「今はもう、走ってないのか?」
不意にそんな事を聞いてくる荻窪先生。
愉しげに笑っていたが真面目な瞳に一変。真剣な眼差しで私を見つめてくる先生に私も身構える。
「……相変わらずですよ。」
「そうか。」
私を可哀想な眼で見ることもなく深々と頷いた先生。理解してくれる先生が私は好きだ。哀れみを掛ける訳でもなく、今の私を受け入れてくれる先生が好き。
「部室に入ろうとしてたのか?」
ザッザッ―………足音を鳴らし部室の前に立ちドアノブに手を掛ける先生。私も部室の前に立っている為、距離が縮まる。
青いジャージが傍にある。青いジャージが傍にあると言うことは先生が近く居ると言うこと。緊張で自然と肩に力が入る。
「懐かしくて、つい。」
「――――入るか?」
「いえ。ここに来れただけで満足です。」
充分過ぎるくらいにね。
そう思い満足気に【陸上部】と記された扉を見る。
普通科に移籍してから、この部室に来ることは無かった。数年も経ってしまったけど漸く此所に来れた事は私にとって大きな進歩だ。だけど中には入らない。入れる、―――――――――逆に進めなくなってしまうから。
そう荻窪先生に言った。
「ここは蕾にとっての居場所だったからな。当然と言えば当然か。部室に飾られてあるトロフィーを見ると戻りたくなるか?あの頃に。まだ走れた、あの刻に。」
「無理な事を願うのが人間の性なんですよ。」
「素直に戻りたいと言わんか。」
「認めたくはないですから。」
苦笑いで頭を小突かれ私も苦笑いで返す。こうやって笑って冗談で言えるのは時間が経ったから。
もし昔の私なら即行キレている。【戻れないのに解りきった事聞くなよ!】って先生を殴っていたと思う。月日の流れと共に自然と私も成長している。