こうして僕らは、夢を見る
「待たせたな。」
荻窪先生が部屋の奥から姿を現した。
私達は出入口を境目に話す。
部屋の中にいる先生と外にいる私。この一歩は重い。深刻な一歩だ。易々と踏み出せる一歩では無い。境界を越えれると云う事は部屋に入る事になる。
「入るか?」
「いいえ。」
笑いながら言う先生に私も笑いながら返す。何度聞いても入らない私に荻窪先生は納得した上で話す。
「蕾も前に進んでるんだな。」
「まあ、」
「成長したな。心身ともに。」
慈悲や慈愛に満ちた瞳。
慈しむような眼差しで私を見つめてくる。
「あの頃は振り返ってばかりだったからな。立ち止まっては振り返る。だが蕾は苦境のなか後退する姿勢を見せなかった。」
「………」
「少しずつだが前進していた。現実から眼を背く事は無かった。」
「………」
「常に前を見据えていたぞ?自分は立ち止まっていると思っているだろう?それは間違いだ。蕾は少しずつだが進んでいたさ。」
境界線の向こうから笑い掛けてくる先生。鬼コーチと呼ばれている荻窪先生が目尻を下げている。
あのさ、
―――――‥泣いてもいい?
「自ら今日も来たしな。何年ぶりだ?ここは。"あの日"から来なくなったからな。それが一つの区切りになったみたいだが。」
"あの日"
そう私は"あの日"から来なくなった。
過去に目を据わらせボンヤリと考える。ボーッとする私に荻窪先生が何かを差し出した。部室の中にこれを取りに行っていたらしい。
私は手に置かれたモノに目を見開いた。
「な、んで。これって……」
信じがたく苦し紛れに呟いた。
だけど手にある感触は、確かに変わりのない私のモノで。
驚く私にしてやったりとほくそ笑む先生。
「懐かしいだろ?」
「…これ、」
「蕾が来たときに渡そうと大事に保管していたんだ。」
「…………」
目の前がうっすらと涙で滲む。
言葉が出ない。
どうして?何で、これ、だって、あのとき、私は、これを、
途切れ途切れの言葉。心の中で考える。だけど一向に繋がらない。保管?何で?だって私は"あの日"に"これ"を――‥‥‥
「懐かしいか?愛用シューズは」
――――――‥川に放り投げた筈なのに。