こうして僕らは、夢を見る
「大変だったぞ?蕾が川に投げたから取りに行ったんだ。シューズを川に棄てる奴があるか馬鹿者。せめて道にしなさい。」

「か、わ……川に入ったんですか?」

「そうだ。ワザワザ川に飛び込んでやったわ。捜すの大変だったんだぞ?腕力だけは衰えとらんな!がはははは!」

「………」






呆気に取られてしまう。



先生と長らく話し込んだ、橋。



夕日をバックに。



私は橋の欄干に身体を預けると、川を眺めながら、せせらぎを耳にする。先生は背を欄干に預け夕方の太陽を眺めていた。



部を止める事と普通科に移籍になる事を告げた日。



シューズを棄てた後直ぐに去ったから先生の行方は知らない。



だから、まさか






「…馬鹿ですか」






川に飛び込んでいたなんて、知らなかった。






「馬鹿はどっちだ。これはお前が長年付き添ったパートナーだろう―――――――それを棄てる奴があるか!?!」






珍しく怒鳴る。いや、珍しくはない。何せ部活では怒声ばかりを響かせている鬼コーチ。怒られるのが久々過ぎて忘れていた。



部屋の中にいる先生。凄まじい怒声が部室に木霊する。






棄てる奴、居るじゃん。

現に此所に居るよ。

わたし棄てたじゃん、川に。






「―………大切なものだろう、」






苦し紛れに顔を歪ませ言う。



何で荻窪先生がそんな辛そうな顔するのさ。いつもそう。人の痛みを自分の痛みと化させる。対等の土台に立っているかのように。






「……要らないと、思いました」






長年愛用してきたボロボロのシューズを見ながら、語る。



指先で削れた場所を撫でる。この汚れも懐かしい。一つ一つが私の努力の結晶。ここまで破損されたシューズ。変え時なのに、私は買える事をしなかった。変えれなかった、愛着が有りすぎて。だけど―――――――――――――その愛着が有りすぎる者を自ら棄てた。



棄てた、
棄てた筈なのに、
今、手のなかにある。






「……有り難うございます」






込み上げる熱にグッと堪える。歯を食い縛り、私はゆっくりシューズを抱き締めた。



馬鹿だった。荻窪先生の仰る通り私は確かに馬鹿ですよ。






「要らないと思いました。だけど――――――頭の傍らで浮かび上がるのは何時も愛着のある靴ばかり。」






投げた事は後悔していない。
でも橙色の空に舞うシューズが幾度となく浮かび上がる。
大きく振りかぶった腕の感覚。
シューズから手を離す瞬間。
手から擦り抜ける感触。
青への終止符。
終わりと、始まり。





全てが、鮮明に頭を流れる。川のせせらぎのようにゆったりと。忘れた日なんて一度も無い。寧ろ忘れられなくて蟠りに悩まされた。
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