こうして僕らは、夢を見る
これまで見てきた全ての苦境が一気に甦り唇を噛み締めた。不安・絶望・孤独・喜び・安心・失望・落胆・全てが走馬灯のように駆け巡る。



荻窪先生は私を【偉大】だと言った。あのときも私を褒め称えたヒトは何人居たか。



【凄い】【偉い】そんな言葉を次々と投げ掛けられた。だから私もヘラヘラと笑い返した―――――そのときは。



本当はそんな一言で片付けないで欲しか。そう簡単に誉めないで欲しかった。どんな葛藤の中で決めた決断だったか知らない癖にと、叫びたかった。だけど周りは流石だと褒め称える。






流石?偉い?
そんな強く見えるのかな?
根気良く見える、ワタシ?
違う。
違うんだよ。
本当は、
本当はワタシ、















――…怖かった。



ほんとは怖かった、すごく。



踏み出すことで確実に何かが変わると思った。



激しい動悸。
止まらない目眩。
頭の芯から爪先まで震える。
周りが立ち止まるなか私も呆然と立ち止まっていた。



なんで行かない。
なんで立ち止まるの。
立ち竦む暇があるなら行けよ。



何度思ったか。
何度考えたか。
だけど周りは立ち竦み見守るだけで動く気配は一向に見せない。
騒ぐだけで動かない。
誰しも自分が一番可愛い。
皮肉すぎる思考。



動悸が激しさを増すにつれ時間も迫っていた。



周りは第3者。
ただの野次馬だ。
どうするかと騒ぐ。
騒ぐなら助けろと叫びたかった。



私も第3者。
第3者になれば変化はない。
このまま大会のエントリーを済ませば何時も通り青の下を走れる。
ただ見過ごせばいい。






だけど、
だけど、
だけど、わたしは、






わたしは、このとき。














ここで見過ごせば一生後悔すると思った。



そう思った瞬間。
わたしの中で決意は固まった。
震える足。
震える指先。
震える身体。
―――――――駆け出したときにはもう、震えは止まっていた。











「わたしを誉めるんですね。」

「偉大だ、お前は。蕾は俺の自慢の教え子だ。」

「………っ」






葛藤していた時間は本当に数秒足らず。事が起きたのも数秒足らず。たった1分間程度で私の人生は左右されてしまった。



不安・絶望・孤独・喜び・安心・失望・落胆・これらの他にも表し難い気持ちは幾つもある。だけどそこに――――――――後悔は無い。



でも見過ごすことを選べば確実に私は後悔していた筈だ。






「今になって誉められるとは思いませんでしたよ。」

「誉められたくて遣ったのか?」

「そんな馬鹿な。滅茶苦茶怖かったんですから。」

「だろうな。」






戯けたように言う先生に私も笑う。
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