こうして僕らは、夢を見る
あのときは荻窪先生は私を誉める事はなかった。



入院する私に【怖かっただろ?】と言葉を掛けられただけ。



そう。私は怖かった。
誉め言葉が欲しい訳じゃない。
私の恐怖を分かって欲しかった。



私を一度も誉める事をしなかった荻窪先生が――――――――――今になって【偉大】と告げる。






「言わなかった訳じゃない。言えなかった。前を見据えているお前の邪魔を俺がしてどうする?綺麗な言葉を嫌っているのは知っていた。憐れに思われることも。」






確かにお綺麗な言葉は嫌いだった。誉め言葉は綺麗過ぎる。私は眼を一度逸らしている。なのに綺麗過ぎる誉め言葉は私には残酷だ。


それに、その誉め言葉は同情。



心では憐れに思っているのは知っていた。眼を見れば直ぐ分かる。【まだ若いのに】【悲惨だ】と。私を【可哀想な子】として見ているのは一目瞭然。でも私は後悔していない。自ら決めた事だから。






「今だから言える。お前は偉大だ。」






私はそんな立派な人間じゃないのに。



店頭にすら並べられない廃棄品のような存在。



欠陥人間なんだよ。



だけど―――‥‥‥








「有り難うございます」






荻窪先生に言われるとすんなりと受け止められる。






「鼻に掛けないんだな。」

「何をですか?普通科に移籍した事をですか?それとも強制的に陸上部を退部させられた事をですか?走れなくなったからと言って今まで部に貢献してきた私が部を止めさせられた事を自慢しろと?」

「………それは俺のせいではないだろう。寧ろ掛け合った身だ。」

「知ってます。」

「………性格悪くなったな。」

「ふふ。」






口元に手を当て笑う。



ちょっとした悪戯だ。



荻窪先生の鼻に掛けるは"助けた"事をだろう。そんな事を自慢するのは只の偽善者だ。こんな事言う私も偽善者なのかもしれないが。






「もしや一生俺の手元に残るものかと思ったぞ。なかなか姿も見せんし連絡も寄越さんからな。」

「す、すみません。」

「なぜ急に来たんだ?いや。来たのは嬉しいが音沙汰無かった蕾が来たことで些か驚いた。」

「えと、テニスを観に、」

「テニス?」






口籠る私に訝しげに聞き返す荻窪先生に「はい。ソフトテニス部の試合です」と頷いた。






「テニスと言えば―――――――八神達の部か。」

「あ。司くんの事ですよね?私、司くんに誘われて来たんです。」

「知り合いなのか?」

「はい、まあ、一応は。」





知り合い?
――うん。知り合い。



知り合いと言うより友達、かな?前は名もなかった関係は明白になり毎日逢う仲にまで発展した。



肯定した私に荻窪先生は嫌味ったらしくニヤニヤと笑う。
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