こうして僕らは、夢を見る
「もしも遠征で此所に居ない部員に一言残すなら何を言う?」
その問いに怪訝な顔をする。
だけどそれもほんの僅か。
先生に問われた事に悩み始める。案外難しい問題だと思い煩う。
う〜ん。そうだな〜…
首を傾げながら思索に耽る。
遠征で居ない部員達には会った事がない。嘗て私の後輩だった子も既に卒業して見た事のない顔触れが揃った陸上部だ。きっと数多くトロフィーや表彰状を手にした事のある子も少なくはない。
そんな子達に私が残す言葉…
厭に小難しい。
どうして出し抜けに先生がこんな事を言い出したのかは分からない。私の教訓を垂れさすためか。
それとも私の苦言を呈するためか。
現実から眼を逸らさず前を向く事は簡単な事のように見えて難しい。
そりゃ生きてれば幾度となく辛いこともある。悩むこともある。苦しいときもある思う。だけど―――…
目を背けたくなることもあるけど前を見なきゃピストルは鳴らない。スタートラインの位置にさえ立てない。ずっと下を向いた儘じゃ進むことなんて出来やしない。
どんな苦境でも前進あるのみ。簡単な事だけど難しい。でも後退なんてしてたって何も変わらない。
変わりたいなら、変えたいなら、
「逃げるな。」
この一言に限る。
―――‥先生はそれを聞くと満足気に頷いた。
これは過去の私宛に向けた言葉。先生もそれをわかっているのか充分過ぎる程の満面の笑みを私に見せてくれた。
本当にこのひとには感謝だ。
次に逢う時は、もっともっと心身共に成長したときが良い。堂々と胸を張れる立派な大人になっている私を見せたい。"娘"である私が"親孝行"出来るような自分で在りたい。そのためにも頑張ります。
でも躓いたときや起き上がれそうにないとき、挫けそうになったときや、窮屈な殻に閉じ籠ったときは―――――――頼っちゃうかもしれません。
「寧ろ大歓迎だ。」
そう言うと先生は両手を広げた。私を今すぐにでも抱き止められるとアピールするかのように。
そのまま口許を上げた荻窪先生。「蕾1人くらい支えるの屁でもないわ」と言いたげに。逞し過ぎる先生に吊られ私も口許を上げた。
こうして【陸上部】と恩師であり父親的存在の荻窪先生の前から―――――去っていた。
1つの紙を残して。
面と向かって言うのは気恥ずかしく素早く殴り書きで書いた文字。
その手紙を見た先生の笑い声が後ろから響いた。照れ臭くて思わず照れ笑いを1人、浮かべた。
【いつまでも若々しい荻窪先生で居てください。今日貴方に逢えたことを心から感謝します。お身体にお気をつけて。蕾】