こうして僕らは、夢を見る
司くんは価値観なんて人それぞれだと言って笑った。



そのとき。脳裏には意欲と欲望の塊で満たされていた頃の私が映し出されていた。



ただ懐かしむ訳で無く、過る記憶に眉を顰めた。番狂わせ。司くんの一途な考えを聞いた事で私の心が揺らいだ。



何気無く聞いた。



"叶わないならどうする?"



"諦める""逃げる""追い求める"



他人の考えは多様。



だけど司くんの考えは本当に一途だった。テニスに対する一途な想いが伝わった。純粋で尚且つ逸れない。








この会話は光陽高校に出向く事になる、ずっと前の事。



荻窪先生のお陰でシューズが戻って来る前の会話。このときは手元に返るとは思ってもみなかった。亡きシューズにポッカリと空いた胸が閊える。この虚しさは一生消えないものだと思っていた。





一時の衝動でシューズを棄てた。それは野望も棄てた瞬間だった。司くんなら、どうしていたのかと聞いてみたかった。



あのとき“諦めた”



司くんの言う通り諦めたから終わった。長年寄り添った物を棄て、呆気なく私のアスリート人生は消え去った。








ツーッとボールペンで書かれた文字を撫でる。





【夢は夢でしかない】





このとき。



私は諦めた。



このとき僅かに生じた心のズレが全てのズレに繋がった。



川に愛用のシューズを放り投げた―――――直ぐ後。荒々しく日記を広げた私は殴り書きでペンを動かした。



1年経っても
5年経っても
10年経っても走れないなら
15年経っても
20年経っても
25年経っても夢は夢のまま。



そう諦めた。



熟す前に散る、それが理。



そう思っていたのに――――…










「………っ」







いまさら、夢が恋しくなるなんて


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