こうして僕らは、夢を見る
17歳の夏。
美空 蕾は総合病院で入院生活を余儀なくされていた。
( prologue )
「ふぅ……」
この日もリハビリが終ると、即座にベッドに戻った。
部屋は病院の大部屋だけど入院患者は少ない。次々と退院して行く人ばかりだ。ここは入れ替わりの激しい病棟。
相部屋の患者さんは出ているのか今は私だけ。病院は静かに見えて騒がしい。廊下から患者さんの話し声や看護師さんの声が聞こえてくる。リハビリ専門の病院なんてこんなもん。コミュニケーションを患者同士や担当医さんと取る。
大抵は元気に話せる人が多いから結構華やか。昨日も患者さんの誕生会が開かれた。見知らぬ患者さんだけど私も参加した。
意外に充実した病院生活を送っている。脳梗塞や糖尿病の患者さんが多いらしい。ベッドに腰掛けながら息を抜いていると―――‥
ガラッと病室の扉が開いた。
「蕾姉ちゃん!」
「玲音くん?」
ランドセルを背負った少年が私に駆け寄る。
名前は玲音(れお)くん。
今年に小学校へ入学した新1年生の小さい男の子。
真夏だから半袖に短パンと小学校らしい元気な格好。少し焼けた肌が外の暑さを物語る。病院は涼しいから外の暑さは解らない。
「今日も来てくれたの?」
「うん!あ、これあげる!」
綺麗にラッピングされた上木鉢を手渡された。
「わぁ有り難う」
「へへっ。どう致しまして!」
「上木鉢貰うなんて初めてだよ」
「ほんとっ?そのお花は僕の家から持ってきたんだ!ママが綺麗に飾り付けしてくれたの」
「家庭栽培なの?」
「そうだよ!ママが育てたお花!野菜とかも作ってるんだよ?その上木鉢のお花はママが花屋さんで買うならこれにしなさいって」
「ミラージュさんが?」
「うん。買うより『丹精込めて作った花のほうがいいわ』って」
うわあ…
滅茶苦茶嬉しい。
ミラージュさんとは玲音くんのお母さん。外国の人で凄く綺麗な女性だ。
ポンポンと横を叩きベッドに座るように託すと、ランドセルを机に置き玲音くんもベッド座った。
上木鉢を手に再度お礼を言えば照れ臭そうに笑う伶音くん。
しかしそれも束の間、俯いた玲音くんは悲しい声色で呟いた。
「……僕にはこれくらいしか出来ないもん」
「ふふ。急にどうしたの?萎れちゃって。らしくないよ?伶音くんには笑顔が一番だよ」
戯けたように笑うが伶音くんの表情は一向に晴れない。
膝に置いた手をギュッと握り締めた。
「……だって蕾姉ちゃんは僕のせいで、」
「はいストーップ」
玲音くんの口元に手を宛がう。
「それ以上言うと蕾姉ちゃん怒っちゃうからな?」
「……で、でも」
「でもじゃない」
ウジウジとする玲音くんを、私はジッと真剣に見つめた。
隣に座る玲音くんも眉を下げながら私を見上げてくる。小さい子。まだ1年生だもんね。背負ってるものが大きい。悩まなくてもいい。大丈夫だから。玲音くんのせいじゃない。
「私は後悔していない」
「……」
「何度も言わせるな。私が最終的に決めたことだ。後悔はない」
ややキツめに言う。しかし晴れるどころか萎れる伶音くん。泣きそうな顔で俯いた。
その小さい背中は更に小さくなる。いまにも押し潰されそうな玲音くんに私の方が怖くなった。