こうして僕らは、夢を見る
顔を顰め、額に手を宛てたとき。



上木鉢が床に落ちそうになり咄嗟に掴む。しかし足元がぐらつき、倒れそうになる。





「……っ」

「つ、蕾姉ちゃん!」





玲音くんに支えられたため倒れることはなかった。右手で上木鉢を持ち左手を玲音くんの肩を借りるように乗せる。そしてゆっくりとベッドに座り直した。



倒れそうになるとは思わなかった。リハビリも進んでるけど咄嗟に反応出来ない脚。思うように力が入らない脚を殴りたくなった。前は大事だった脚が今では憎い。



上木鉢を膝に置き静かに花を見つめる私に玲音くんは眉を下げる。そして絞り出した声で言う。





「……っ本当に治るの?」

「治るよ」

「っ嘘だ!毎日来ても蕾姉ちゃん走れてないもん!ぜんぜん元気になってない!やっぱり治らないんだよ!僕のせいでっ!」

「治るよ。"まだ"走れないだけ」

「本当に?」

「うん」

「本当の本当?」

「本当。気力で治すよ」

「じゃあ指切り!」





ゆーびきーりげーんまん


嘘つーいたーら


針千本のーます


指切ったっ!






「約束だよ!?」

「うん」





嘘に嘘を被せる。私は嘘の塊だ。こんな約束までして嘘つきじゃん。完全には治らないのに。走れないのに。医師に言われたじゃん。忘れるはずもない衝撃の言葉だ。バーカ。わたしのバーカ。バカ。嘘つくのって辛いや。平気で嘘を付く人間になっちゃったよ。でも正しい嘘もあると思う。玲音くんの悲しむ顔は見たくないから。



だけど玲音くんは約束したのに眉は下げたまま。半ば俯いた状態で私に話し掛ける。








「蕾姉ちゃん、ごめ―――」





続きを言うことは無かった。



指が邪魔をしたから。



私は玲音くんの唇に指を添えた。「シー……」と口パクで言う。



何度も言うけど私は謝ってほしいわけじゃない。私は私の自己満足のためにしたこと。ただ昔の蕾が泣いてるように感じた。昔の蕾が私に助けを求めているようだったから。



それを汲み取った玲音くんは私の手をギュウッと握った。





「あのね、蕾姉ちゃん」

「ん?」





透き通ったエメラルドグリーンの瞳が私を映す。





「有り難う」





綺麗に笑う。



小学生の玲音くんが立派な大人に見えた。私より遥かに小さい子が私よりも大きく見えた。



綺麗な笑みに見惚れる。エメラルドグリーンに呑み込まれそうだ。玲音くんの瞳には口を半開きにし間抜け面をする私が映っている。



このときはまだ数年後、



この笑顔と瓜二つの微笑みに触れることはまだ知らない。



そして玲音くんは噛み締めるように呟いた。
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