こうして僕らは、夢を見る
ある夏の日のことだった。
傷ついた少年と出逢ったのは。
転機は突然訪れる。
( 1 )
とある閑静な住宅街の一角。
朝からドタバタと騒がしい住宅があった。その家の騒がしさの原因はまだ若き頃な美空蕾―――――――――――所謂ワタシのこと。巷では"じゃじゃ馬娘"と有名。
この日は普段より張り切っていたのか朝から元気溌剌。【MISORA】と言う書かれた表札がある家から母親の声が響き渡る。
「蕾ー!時間よ!?」
急かされるが生憎ながら私は目の前の朝食に夢中。チェックのテーブルクロスの上には出来立てホヤホヤの洋食が。サラダに手をつけながら食パンにバターを塗る。
国民性人気キャラクターが描かれたマグカップに淹れられた珈琲。
そして前の椅子には父さんが私と色違いのマグカップを手に持ち、珈琲を啜っている。
いつも通りの光景だ。
見慣れた朝の光景。
「蕾!もういい加減にしなさい!聞いてるの!?」
「わひゃっへる。わひゃてふっへば。ひふほひ」
「なに!?」
「『分かってる。分かってるってば。しつこい』だよ。母さん」
新聞を広げながら父さんが訳してくれた。
ごくんっ。
口の中に含んでいたバターたっぷりの食パンを飲み込む。
「正解っ!さすが父さん!イカしてるー!今日も相変わらず冴えない顔してるよ!」
「………」
「蕾!パパになんて事言うの!?地味に落ち込んじゃったでしょ!今すぐパパに謝りなさい!美空家の大黒柱なのよ?」
「むぅ」
「母さん……!」
「だいたい冴えないって何なの!冴えないパパと結婚したママが馬鹿みたいだから止めなさい。口に本当の事でも口に出して良いことと悪い事があるのよ?」
「へーい」
「………」
「あら?パパどうしたの?珈琲が零れてるわよ?」
「………あ、そうだね。いや、私はこんな役割だとは理解してるよ。何たって父さんは冴えない顔をしているからね」
「「………」」
一瞬にして母さんと私は静かになる。
余りにも父さんが小さかったから。新聞紙を読む背中が縮こまっている。マグカップが小刻みに震え珈琲が零れている。
「あらやだ〜。もうパパったら!珈琲溢すなんて!拭くもの持って来るわね?」
「え、母さん!?」
いそいそとタオルを取りに行く母さんを呼び止めるが呆気なく無視された。
に、逃げやがった…!
この空気に耐えきれなくて逃げやがった。我が母親ながら情けない。しかもアンタの目は節穴か!?ここに拭くものあるじゃん!てか父さんが自分で拭いてるよ!?
あきらかに無駄足の母さんに心のなかで合掌する。
「………」( むしゃむしゃ
「………」
「………」( もぐもぐ
「……美味しいか?」
「……ん?うん。まあ」
静かなリビングには私達の話し声だけ。
西瓜を食べる私に父さんが新聞紙を見ながら話し掛けてくる。
「そうかい」
「食べる?1個だけなら上げるよ?1個だけだけど」
「いや。遠慮しておく。蕾が食べなさい。今日は大会だろう?沢山食べて栄養を蓄えなさい」
「へへっ。いまスイカで充電中!久々の大会だから楽しみっ!地元が主催の小さな大会だけど」
「どんなに小さな大会でも全力で遣るじゃないか」
「まあね」
含羞みながら、プププと西瓜の種を皿に入れる。
近くにあった御絞りで手を拭くと私は椅子から立ち上がった。