こうして僕らは、夢を見る





「あれ!?蕾ちゃんが居ない!」




503号室の扉付近に来ると担当看護婦さんの声が聞こえた。私は慌てて母さんに車椅子を止めるよう託する。



503号室の扉近くで急停止した車椅子。母さんが何事かと視線で訴えてくる。その視線をかわすと私は看護婦さんの声に耳を傾ける。





「今日はリハビリお昼からみたいですよ?」

「ええー!?血圧計るって言ったのに!また抜け出したなーっ!?もう蕾ちゃん絶対にお菓子でも買いに行ってるでしょ!?あれほど駄目だって言ったのにー!」





やっば。



慌てて手に持っていたラスクを噛む。見つかったら没収されてしまう。



もぐもぐ。もぐもぐ。



ひたすら食べることに集中する。看護婦さんの言葉を聞いた母さんが呆れたような眼差しで見つめてくる。抜け出すのは3日に1回だよ?お菓子は――――まぁ大目に見てよ。



プンプンと看護婦のシズ子ちゃんの怒った声が聞こえてくる。他の看護婦さんの声も微かに聞こえる。シズ子ちゃん以外は知らない。シズ子ちゃんは担当の看護婦。





「ああー!やっぱり菓子パン隠し持ってる!これ没収!これもっ!あとこれも!全部没収!」





げっ。最悪。



シズ子ちゃんに没収されたらしいエネルギー源に涙する。次は確実にバレないところ隠さなきゃ!





「あはは。美空蕾ちゃんは問題児で有名ですだから。503号室の担当のシズ子先輩も大変ですね。蕾ちゃんって怪我の割りに元気過ぎる子ですし」

「うーん……大変でもない」

「どういうことですか?」

「蕾ちゃんって何か見てて刺激になるの。何事にも真っ直ぐで信念を貫き通すんだよ。それに面白いし笑いが耐えないし?全く苦痛じゃないよ!」

「へぇ。そういう面は知らないですけど私も明るい子だとは思います。愛嬌あって可愛いですし」

「だよね!?妹が出来たみたいなんだよー!あたし独りっ子だから余計に可愛く思えてさ!」





シ、シズ子ちゃん……!



もう買い食いしないよ……!



あんまり迷惑掛けないようにするね……!





はじめて耳にするシズ子ちゃんの胸のうちに感動する。厳しさ有りつつ優しさもあるシズ子ちゃん。私もシズ子ちゃんが看護婦さんで良かったよー!





「でも蕾ちゃんは近ごろ夜は泣き明かしてるって聞きましたよ?」

「………うん。笑顔の裏にも色々あるんだよ。大切なものを失ったから尚更。泣きたいときは泣けばいい。蕾ちゃん泣いたあとはいつも笑顔だから凄いよ」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。きっと」





その言葉にラスクを食べる手が止まる。



さっきからシズ子ちゃんは私を過信し過ぎだよ。



アタイはそんな強い女じゃないやい。ポンコツの中のポンコツ。





「あ!わたし行くね!2人もそろそろ戻りなよ?」

「はい」

「はーい」

「じゃあね」





ガラガラガラガラ―――扉が開く音と同時に503号室からシズ子ちゃんが出てきた。シズ子ちゃんの姿を見て一瞬狼狽えたけど私達とは真逆の方に歩いていったため気付かれることはなかった。



病室からは相変わらず声が漏れる。看護婦はシズ子ちゃんと、もう1人だけかと思った。だけど他の看護婦さんは2人だったらしい。
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