こうして僕らは、夢を見る




「ねぇ。美空蕾ちゃんって、この病室だよね?そんな重症だっけ?陸上部の子で有名だけど……」


「なんでも後十字靱帯を断裂して内側側副靱帯も伸びきっている状態らしいよ?」


「後十字靱帯損傷?事故で車のダッシュボードにぶつけたの?」


「違う違う。踏切事故みたいだよ。大方転倒で硬いコンクリート辺りに脛打つけたんじゃない?」


「鎖骨と肩甲骨と肋骨を2本、合計4カ所骨折した子よね?切り傷と擦過傷も多数あるし」


「そうそう。蕾ちゃん打撲や擦過傷の軽いものから致命傷となるほど重いものまで怪我したの」


「まだ高校生でしょ?苦労してるのね?大変じゃない」





病室から聞こえる看護婦さんの声。致し方ない。看護婦さんも悪気が有るわけじゃない。



看護婦である前に1人の人間。女は噂好きだしね。こういう会話もするだろう。それに偶々居合わせただけ。



私はポリポリとラスクを食べながら盗み聞き。車椅子の背に凭れ掛かり無言の私。手と口だけ絶え間無く動いている。母は何か言いたそうだけど渋々私に合わせる。





「それがさっ!?ここだけの話なんだけど301号室の玲音君を庇ったらしいんだよ!知り合いとかじゃないみたいだけど」


「顔知り合いでも無い子を助けたの?いまどき凄い勇敢な子。でもそれで自分が犠牲になるのも辛いんじゃない?」


「そんなの当たり前!走れないみたいだよ?シズ子先輩の言う通り真っ直ぐな子みたいだから危ない道は辿らないとは思うけど」


「え?陸上部だよね?うわ、選手生命断たれたじゃん」





“可哀想な子”



その言葉が零れて来た瞬間。病室に入ろうとした母の腕を掴む。



俯き会話を聞いていた私は無言でフルフルと首を横に振る。俯いているから母の顔は見えない。でも掴んだ腕が震えている。頭上から歯軋りが聞こえた。



尚も病室の会話は続けられる。





「最近は処方薬も増えたらしいね。自律神経失調症らしいよ?よっぽどショックだったみたい。頭痛に目眩に不眠。それに嘔吐。相当精神にキてるよね……」


「PTSDとか?無理に庭で走ろうとしたとき倒れたみたい。息切れと胸苦しさが一気に襲ったみたいで呼吸困難で運ばれてたし。嫌な音がするって呟いてたみたい。あれ絶対躁病だって」


「残された機能を如何にして使いADLを可能にするか話してたけど蕾ちゃんは完全には聞いてなかったよ。納得してないのかな?」


「そりゃそうでしょ。走りたいから泣いてるんじゃん」


「だよね――……いまは急性ストレス障害だから薬物治療とか心理療法してるみたいだよ」


「へぇ――……」


「大変だよね…」


「うん…」





“私なら死にたくなるかも”




その言葉を皮切りに母が腕を振り払い病室に乗り込んだ。残された私はただ目を見開いて豪快に開いた503号室の扉を見る。
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