こうして僕らは、夢を見る
「嘘つきー!ママもパパも嘘つきだー!退院するとき蕾姉ちゃんに逢えるって言ってたもんー!」
「玲音。まだ蕾さんとは逢えないんだよ」
「そうです。また逢えますから」
「うぎやああああああああん」
「「………」」
「ち、ちょっと八神さん!?頼みます!どうかお静かに!病院ですから!坊や?シー。シーよ?」
「うぎやああああああああんん!妖怪鬼婆ああああ!呪われるううううううう!蕾姉ちゃあああああああん!助けてええええ!」
「………」
「す、すみません!本当にすみません!妖怪鬼婆なんてとんでもない!年齢の割りに凄くお綺麗ですよ?ウチの妻の次くらいに!」
「こらっ、レオ。静かにしなさ―――――」
「蕾姉ちゃあああああああああああああああんああ!うぎやあああああああんんんんん!」
「「「………」」」
「……病院内ではお静かに」
「す、すみません」
目を光らせ去っていく看護婦さんにペコペコと頭を下げるパパさん。きっとあの看護婦さんはボスだ。熟練のベテラン看護婦。怖い!目力だけでパパさんを畏縮させるなんて……!怖いけど凄い!
「蕾逢ってあげたら?」
「まだ駄目。せめてもう少し回復してから。じゃなきゃ玲音くんが自分を責めるかもしれない」
「……成る程ね」
納得したように頷く母さん。でも私も面と向かって逢いたい。玲音くんと話したいことも沢山ある。
ギュウッとパジャマのズボンを握り締めたとき膝の上に置かれたビニール袋が目についた。それはパンが入ったビニール袋。
そして不意に閃く。
ピカッと頭上の電球が光った。
「ねえ?バレないように近付ける?本当に少しだけ」
「いいけど…何するの?」
「へへっ。これ」
ジャーン!とビニール袋を持ち上げ揺らす。
しかしこのビニール袋で何をするのか分からない母さん。とりあえず私を乗せた車椅子を押してくれる。
「うううううっ」
「泣き止むんだ。男だろ?」
「そうです。また必ず逢う機会は――――‥」
ミラージュさんが言い掛けた言葉を呑み込んだ。私が居ることに気がついたから。
目を見開いているとハッと我に返ったミラージュさんは私に声を掛けようとする。しかし私は唇に指を添えて『シー』と静かにする合図を送り首を横に振った。
「蕾?何するの?」
「まあまあ。見てなよ」
ミラージュさんに続きパパさんも私に気がついた様子。頭を下げてくるパパさんは相変わらず人相が良い。息子と妻を守る旦那の風格が凄まじい。ウチの父さんに見習わしたい。あの覇気のない冴えない顔。“のほほん”として愛嬌はあるけど。それも個性か。
相変わらず玲音くんは顔を小さな手で覆い泣きじゃくっているため私に気付く気配はない。
「よいしょ、っと」
車椅子から少しだけ横に身を乗り出すとメロンパンの入った袋を廊下の端に置く。
「はい。行こう」
「は?何がしたかったの?」
「これでいーのっ」
あとはミラージュさんとパパさんの解釈次第。車椅子を押されながら振り替えると、私は袋を指差して2人に目で訴える。ハッとし、いち早く気付いた真意に気付いたパパさんが袋に駆け寄る。
「玲音!」
屈み袋を手にするパパさん。
車椅子はある程度離れた距離まで行くと止まった。些細な母さんの配慮に感謝だ。
「見ろ!」
「ううううう…ぐすっ…う?」
「玲音!メロンパンだ!」
「めろんぱん……?」
大きく首を縦に振るパパさん。
そして素晴らしい笑顔で法螺を吹く。
「これは蕾さんが世界で一番好きな菓子パンなんだ」
一番好きなのは蒸しパンですが。
「蕾姉ちゃんの?」
「ああ。きっとこれは神様からの賜り物だ」
パパさんはメロンパンを玲音くんに手渡す。
「玲音がメロンパンを食べていればそのうち神様は玲音と蕾さんを引き合わせてくれる!メロンパンの神様を信じるんだ!」
「め、メロンパンの神様」
「そうだ!信じていれば必ず会える!わかったか玲音!?」
「う、うん!僕これから毎日メロンパン食べるね!」
「え゙」
「蕾姉ちゃんと逢うためにメロンパン食べるの頑張るよ!」
「え、いやぁ、それは…」
「………」
「に、睨むなよミラージュ」
「蕾姉ちゃんに逢う日が楽しみ!これから毎日みんなでメロンパンの神様を拝もうっ!」
「「……」」
嬉しそうに言う玲音くん。語尾に音符が付いている。ルンルン気分な玲音くんに心底疲れたような表情を浮かべる2人。
無邪気に笑う玲音くんを見てもう大丈夫そうだと母さんに目配せして車椅子を押して貰った。