こうして僕らは、夢を見る
車椅子に乗りながら考えるのは先程の玲音くんの言葉。いま私が食べているのはイチゴデニッシュ。これで見納めに何かしないからなイチゴデニッシュよ!
そして母さんが重苦しい口を開いた。だいたい母さんの言いたいことはわかるよ。私も同じ気分だ。自然とイチゴデニッシュを食べるスピードが落ちる。
「……何かややこしい事になったじゃない」
「……だね」
「……貴女も毎日メロンパン食べないと」
「……いやいや無理だから」
「……子供の夢を壊すの?メロンパンの神様を信じているのに」
「……私食事制限あるから」
「………」
「………」
「……ま、頑張りなさい」
「……うん」
イチゴデニッシュが見納めにならないためにも成るべく早く回復するよ。愛する我が子の願いで渋々メロンパンの神様に拝むパパさんとミラージュさんが安易に想像できる。哀れだ。
玲音くんか、
玲音くん、玲音くん、
玲音くんを思い浮かべる。泣きじゃくってたけど線路なときのように耐えた涙じゃない。吹っ切れたような涙。ぐちゃぐちゃになった顔。だけど悪い顔つきじゃない。
ミラージュさんも玲音くんとこれからジックリと話し合っていくって言ってた。玲音くんもどこか清々しい。元気な泣き声。エメラルドグリーンの瞳は透き通るように綺麗で絶望という悲観の淵に沈んだ瞳では無かった。
私は朗らかな玲音くんに胸を撫で下ろす。それと同時に込み上げる想い。不安、安心、慶び、そして自然と口元が綻ぶ。
「…………っ」
ああ――…。
「無事で、良かった……っ」
こんなに歓喜なことはない。
喉の奥が震える。
ギュウッと握り締めた拳にポタポタポタと滴る涙。それでも口元は綻びる。泣いているのに笑顔が溢れだす。
声を押さえて涙すれば肩が震える。通り過ぎる患者さんや看護婦さんは泣いている私に気付かない。
「ふふ。」
車椅子を押す母さんが笑った。俯き肩を震わせる私の頭に乗る温もりに涙腺が緩む。母さんの温かさが心地好かった。人の温かさを玲音くんにもこれから知ってほしい。頼ることも。ズズーと鼻を啜る私に母さんは再び笑った。
「ティッシュいる?」
「……うん゙」
ヤバイな。最近涙脆いや。
車椅子を止めて鞄を探る母さん。ポケットティッシュを探しているようだ。
ズビーと再度鼻を啜り涙で濡れた頬を手で拭っていると、
――――――廊下は走らないでください!
看護婦さんの声が聞こえた。
誰かに叫んでいるようだ。その叫び声は前方のほうから。
大して気に止めなかったが足音が徐々に近づいていることに気付いた。音に引かれるように何気なく前を見据えた。そしたら直ぐ隣を――――――…
「…………あ」
金色が過った。
ほんの一瞬だけ見えた。学ランに金髪。蒼眼の瞳に綺麗な顔立ち。しかし、まだあどけなさの残る幼い顔つき。きっと中学生くらいの少年。中学生であれだけ綺麗な顔ら数年後には良い男に為るな、と下らないことを思った。
振り返り金髪の少年が走り去った足跡を目で追い掛けながら考えていた私を、ポケットティッシュを渡して来る母さんはニヤニヤ笑う。
「あら?ああいう子が好みなの?意外と面食いなのね?さすが私の娘。それでこそ美空家の女よ」
「そんなんじゃないから。大体母さんと一緒とか止めてよ。父さん選んでる時点で御陀仏でしょ」
「やだもう!パパを馬鹿にしないで!私が馬鹿にされてるみたい!パパとママは学生時代は美男美女で有名だったんだから!」
「び、美男美女?――被害妄想も大概にね。母さんが美女なら私なんてウルトラ級の美少女だよ」
「酷ーい!蕾なんていまの男の子に見向きもされない!告白しても振られるのが落ち!パパとママを越すラブドラマは作れないわ!」
「はいはい。ごめんねー?年下に興味ないんだ」
プウッと頬を膨らませる母さん。お前は幾つだと思った。軽く7歳は鯖を読んでるしね。違和感ないところがまた皮肉だ。ブツブツ呟く母さんを尻目に再度金髪の少年が辿っていった跡を見る。
うーん
「どうかした?」
「ううん。何でもない」
気のせい。気のせい。
でもやっぱり、気のせいじゃないかもしれない。
目が合ったような気がした。
気がした、だけだけど。
偶々か故意か。どちらにせよ、
「どっかで見たような?」
数秒前に見ていた男の子と瓜二つなことに馬鹿な私は気がつかなかった。