こうして僕らは、夢を見る









玲音くんが退院して数週間後。



わたしは諦めた。











( 4 )




久方ぶりに逢う荻窪先生と河川敷で話し込む。普通科への移籍が決まった事。陸上部を退部する事。ほんの僅かだけだけど空いていた時間を埋めるように時間を忘れて話し込んだ。





夕日をバックに。



いつのまにか黄昏。



誰そ彼。





私は橋の欄干に身体を預けると、川を眺めながら、せせらぎを耳にする。先生は背を欄干に預け夕方の太陽を眺めている。





「お前さんが止めるとはな」

「まあ居ても意味ないですから」





青いジャージを着ている荻窪先生がしみじみと呟いた。ジャージが青いのは空の色だから。先生も空が好きらしい。空は繋がりだから。途切れることなく広がる1つの絆らしい。





「リハビリは順調か?」

「まあ程々に」

「さっきからそればかりだぞ」

「はは、」





苦笑いを浮かべる。



夕陽に染まる。夕陽のせいで先生を見れば顔がオレンジ色だった。こんな御託を並べるために私は居るんじゃない。





「これ、」





鞄から薄汚れたシューズを取り出した。





「蕾のじゃないか。どうした?」

「どうすればいいですか?これ。やっぱり捨てます?焼却炉とかに燃やすとか?荻窪先生に貰って頂くのも1つの手かと思いまして」





シューズを手に紆余曲折する私に荻窪先生はポカンと口を開けたまま固まった。





「―――…それは蕾のだろう。俺が貰い受ける気はない。以上」





キッパリと言う荻窪先生に苦笑い。




「どうして捨てる必要がある?取って置けばいいじゃないか」

「いえ。要りません。もう必要ないですから」





次にキッパリと言ったのは私。



荻窪先生は顔を顰めた。





「―………本当に、辞めるのか」





信じ難いと言わんばかりに重苦しく呟いた荻窪先生。





「はい」





神妙に頷く。最後のお別れのように靴を抱き締める。温かい。温かいな。このシューズは何年も共にしてきた。雨の日も晴れの日も雪の日も。台風の日も。馬鹿みたいに一緒に駆け回った。



だから、辛い。





「手離すことは嫌です。でも最近辛い。辛すぎる。これがあるだけで過る。みんながトロフィーを掲げるなか私は病院。況してやあのフィールドに戻ることすら不可能。だから要らないんです」

「………」

「いまの私にとって足枷でしかない」





ギリッと歯軋りをする。



悔しい。悔しい。惨めにさせる。このシューズが私を惨めにさせる。努力の賜物だと言われた汚れも今はただの見苦しさ。



トロフィーを掲げる同期達。私だってトロフィーを持ちたかった。同じ土台で競い合いたかった。私だけそこに居ない。居場所はもう―――――無い。



ギュウッとシューズを抱き締める。





「わたしは新たな道に進みます」

「そのシューズも共に進むんじゃなかったのか」

「止めました」





止めた。そう。止めたんだ。



新たな道に足枷は必要ない。振り返ってばかり要られない。私が私であるためにも。シューズばかり見つめていたら立ち止まってしまう。振り返ってしまう。青が恋しくなる。それじゃあ駄目なの。





「わたしは、諦めます」





全部を手離す覚悟は出来た。





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