こうして僕らは、夢を見る
「兄は居ないですけど年の離れた弟なら居ますよ」
「え?司くん弟居るの?独りっ子かと思った!でも言われてみるとそうっぽいかも〜。面倒見いいもんね!弟が居るなら頷ける!」
「メロンパン恐怖症なんですよ。昔メロンパンの食べ過ぎでメロンパンに襲われる夢を何度も見て発狂してました」
「ええ〜!?なにそれ〜!変わった弟くんだね〜!」
「………気付かないんだ」
「へ?何か言った?」
「いえ。なにも」
「そう?―…あ〜絶対に司くんの弟とか可愛いんだろうな!司くんをミニマムにした感じだよね!?ギュウってしたい!キュンキュンする可愛さ間違い無しだよ!今度逢いたいな〜!」
「ほんとっ?」
「はい」
「やったあ!子供が好きそうなパンダの着ぐるみ着て行こうかな!着ぐるみ着たら懐いてくれそう!ちょっと着ぐるみは暑いけどパンダは幅広い世代で老若男女問わず愛されてるしね!」
私はウキウキと着ぐるみの構想を練る。暑さとか可愛さとか。パンダか、それとも麒麟か。司くんの弟に怖がられないために第一印象は良いお姉さんで居なきゃイケないもんね!
まだ見ぬ司くんの弟にワクワク、ドキドキしながら頬を綻ばす私は気がつかなかった。僅かに司くんが鈍過ぎる私を呆れたように見詰めていたことも。
“俺より先に遭ってますけどね”
そう呟いていたことも。
メロンパンの件(くだり)で気が付かなかった私は相当頭の回転が鈍い。ただメロンパン恐怖症なんて不思議な子だな〜…くらいにしか捉えて居なかった。
嬉しそうに弟くんに懐かれる夢を育む。ハート型のクッションを膝に抱き抱えて妄想を膨らませる。そこで不意に思い出す。
あーあ。どないしよ。妾はどないしたらええんでっしゃろ〜
落胆する。しかし若干青ざめてもいる。あんな話をしたあとで出勤する馬鹿がどこにいる?でも忘れちゃいけない。もともと夜からは仕事。"ファーストフード店の蕾"は本日は休業日だけど。
肩を落とす私に司くんは何かあったのかと聞いてくる。あったよ。不慮の災難に苛まれてます。
私は言い難くも重苦しい口を開いた。
「夜。仕事。今日」
「………」
「ま。頑張るヨ」
訥々に語る。司くんがどんな表情をしてるのかは分からない。私がそっぽを向いているから。犇々と感じる司くんの視線に耐えきれずハート型のクッションに顔を埋める。
この柔らかさが憎い。もう少しクッションが堅ければ頭突きでもするのに。犇々と身に染みる視線。痛すぎる。
そして司くんは唐突に言った。
「ホステス辞めて貰えませんか」
「は?」
悪びれる様もなく平然と言ってのける。
「そのうち蕾さんを口説く愚民を生け贄にしそうです」
「なんの!?」
「呪いの儀式」
「なにを呪うの!?」
「愚行な男達です。蕾に寄り添われるのは俺だけで充分」
「なにその悪循環!」
お客様を呪うためにお客様を遣って、お客様を遣ってお客様を呪うの!?もう突っ込みどころ満載!突っ込んでいい?良いところなのかしら?呪いの儀式って何ぞや?司くんなら真っ黒の本を広げて魔の呪文唱えてそう。
シュミレーションゲーム宛らだ!司くんなら"魔術師"でゲームに参戦出来るよ!?ディスペンダ氏とディカプリオ様に逢える!なんて光栄なこと!羨ましい!私は平々凡々な百姓だから一揆でも参戦しておくよ。後方に陣を張るけど。ビビって何ぼ。逃げて何ぼのもんじゃい。
頭では戦闘が繰り広げられるなか一往、ちゃんと考えてはいる。
「―…考えとく、」
納得の行く答えじゃなかった事に不貞腐れる司くん。肯定の言葉しか受け付けないんだろう。だけど止めろって言われても今すぐには厳しい。何れは区切りを付けないとイケないと思ってるけど―…
迷うワタシ。そして私達の会話を聞いていたのか朔君が介入してくる。TVをチラチラ見ながら。
「あまり蕾さんを困らすな」
「煩い禿げ」
ムスッとする司くん。その折り返し何処かで聞いたような気もする。でも“禿げ”なんて日常茶飯事。普段から使う言葉だし。使う、よね?
「ただ俺は蕾さんが嫌な事はして欲しくないだけ。もっと"自分も"大切にして欲しいんだよ」
「そうか。だがそれを俺に言われても困る。ディスペンダのようにディカプリオと向き合う姿勢を見せろ――……今は佳境か」
「黙って聞けよ。ゲームとかどうでもいいから」
「蕾さんの生活まで口を挟むのは間違っているんじゃないか?」
「蕾さんが心配だから言ってるだけだよ没分暁漢。もういい。聞く相手が間違った」
「そう拗ねるな。お前の気持ちも解らなくはない」
機嫌を損ねた司くんのフォローをする朔君。一体道理に叶ってないのは何方か。司くんは朔君に聞く耳を持たず拗ねている。案外扱い辛い子だと思う。
それを尻目に雑誌を開く。考えておくとか言いつつ床に落ちている雑誌のなかから求人広告を手に取り頁を捲る私の心はほぼ決まっていた。
私なんかを心配してくれる子ためにも本格的に改心しようと試みることにした。心成しか第3の人生のスタートラインに立ったような趣だと思った。