こうして僕らは、夢を見る
パクっと一口。
もぐもぐ。あむあむ。もぐも、
―……ん?
もぐもぐ。あむあむ。もぐ、
―………んんん!?
私は目をカッ!と見開くと口許に手を当てる。玉子の握り寿司の筈なのに玉子じゃない。ベチャッとした食感が気持ち悪い。ネチョッとした歯応えに吐き気がする。
な、なにこれ!?
口に入れておくだけでも吐き出しそうになる。もはや顔は真っ青。眉を寄せて嘔気に耐え忍ぶ。
「…っんん゙」
しかしやはり気持ち悪い。
不可抗力で濁らせた声を出してしまう。手足をジタバタさえもがき苦しむ私に翼は笑う。
「クククッ。ざまあみろデブス。見たかチョコレートケーキと玉子の夢のコラボを!プラネタリウムの仕返しだ!反省しやがれ!テメーに姫に程遠い!嘘が付けねえようにその口腐らせてやらァ!」
「……っアンタも一生ペルセウスにはっ、な、れ、ねえよバーカ」
「ハッ!嘔きそうか?そりゃあチョコレートと玉子だからな。飯のなかにチョコを埋めてやったぜ。手間取ったがな。香辛料は七味唐辛子だ。クククッ」
「……ア、アンタ悪魔かっ」
「悪魔?――…魔王の手先だ!」
「ちょっと待ちなよ」
即座に翼の襟首を掴んだ司くん。明後日の方向を向いていたが瞬時に翼を威嚇する。綺麗に浮かべた笑顔が恐ろしい。
「その魔王って俺のこと?絶対にそうだよね?俺以外に誰が居る?腹黒って言いたいの?お前だけには言われたくないんだけど。寿命が縮まると知っていながら言ったならお前は英雄だ。さぁ散れ」
「すみませんでした」
即座に謝った。翼でも司くんには叶わないらしい。私はチョコと玉子の味とピリ辛の七味の風味を口に含みながら顔を真っ青にさせて俯く。よく見れば隣に居る涙君も司くんと目を合わさないようにしている。私達は薄情だ。
「この寿司お前も食べなよ。無理やり蕾さんに食べさせたんだからお前も食べるのが筋だろ?」
「ふがっ」
「どうせ全部ハズレなんだから」
え!?
私は目を見張らせると、寿司を口に含ませた翼を見る。
「――……?案外いけるぜ」
「よーくわかった。オメーが味覚音痴なのはよく分かったぜ。つかオメーが癖のある味が好きなのに忘れてたじゃね〜の。味覚音痴の蒼井翼君は健在でした〜っと」
「誰が味音痴だ!」
「味音痴だろ」
確かに。
朔君の言葉に頷く。いつの間にか籃君と朔君もカウンターに来ていた。またもや楓君は寿司は臭いを嗅いでいる。回転寿司で匂いを嗅ぐとかどんだけだよ。
それにコイツは絶対に味音痴だ。これが旨いだと?病院に行けよ。舌を引っこ抜け。ベチャベチャのネチャネチャの寿司が旨いはずがない!受け付けない食べ物ランキングワースト1だ!臭い・不味い・歯応えが最悪!トリプルパンチを喰らったよ!
「くっせえ!やっべえ!吐き気する!っ翼!お前なんで掛ければ良いってもんじゃねえよ!何か辛い臭いと甘い臭いと腐った臭いがする!玉子寿司の原型ねえし!」
「見た目は玉子なんだがな」
「確かに。蓋を開けたら泥の味とか詐欺だね。涙を見なよ?拒絶反応示してる。可哀想に。お前等はテーブルに戻れ」
「そんなこと言わないでよ〜ん。司く〜ん。俺達の仲はそんな浅い仲じゃね〜だろ?俺を匿ってくれよ。この味音痴がこえ〜のよ」
「……戻れよ」
「え〜。つれね〜よ。涙までそんなこと言うなんて泣いちゃうぜ?まじでもう嫌なのよね。ロシアルーレット恐怖症じゃね〜の」
「俺も匿ってくれ!もう嫌だ!」
「世話になる」
「うん。地に堕ちろ」
司くんがキレた……!
3人が翼から逃れるように司くんに擦りよるからキレちゃったよ!ロシアルーレットなんて止めればすむ話じゃん!回転寿司でこんな馬鹿なことをする奴がドコにいる!?ここにいるけどね4人!全部ハズレのロシアルーレットなんて恐怖以外の何物でもないよ!
私は変な対立をする6人に素知らぬ振り。【翼vs3人→2人】。正しく変な光景だ。3人と翼が対立するも3人は2人に擦りよる。しかし2人は拒絶。司くんなんか虫けらの如く拒絶している。
巻き込まれたくない私は口元を抑えたまま明後日の方向を見る。相変わらず口の中と胃の中は気持ち悪い。吐きそう。
「司くんこえ〜よ。睨むなよな。それ以上に自称帝王の薔薇野郎がこえ〜わ。薔薇でも食っとけ」
「何なんだよ!?さっきから!そこまでこの玉子不味くねえだろ!デブスが大袈裟なんだよ!」
「それはねえな。クセえし」
「楓の言う通りだ。味・臭い・歯応えの3つはまず最悪だ。チョコを入れた時点で終わってる」
「お前等いっぺん耳鼻咽喉科に行けよ!この味音痴共!」
「それはお前だよ!!?」
「はあああ!?楓!テメーは誰に向かって口を利いて居やがる!?俺様の耳鼻は正常に決まってんだろうが!何処も異常はねえ!」
『お、お客様。大変申し訳ありませんが他のお客様のご迷惑になりますので、どうかお静かに』
「「「「「「………」」」」」」
「……馬鹿」
額を押さえて小さく呟いた。
申し訳なさそうに店員さんが言う。申し訳無いのは私達のほうだ。五月蝿さは半端なかった。司くんが即座に謝り店員さんを見送ると渾身の力で翼を地に沈めた。
「(ううゔおえ………っ)」
急に吐き気が襲い掛かり手を口元に宛がう。
――――…そんなこんなで慌ててWCに駆け込む数分前の騒動。