こうして僕らは、夢を見る
「俺の弟を助けたのは、その女の子だってことを」
まさしく目から鱗。そして不意に足を止める。司くんが足を止めたから必然的に進む足が停止。
司くんの視線を辿れば“嫌な音”がする因果応報の場所。相変わらず“嫌な音”だ。動悸がする。目の前がチカチカする。周りの音に意識は奪われないが踏切の音だけは鮮明。轟く踏切の音に胸が騒ぎ出す。
「いつかここに、その子と来たいと思った。詫びるためにも」
ザラリと撫でられたように身の毛が弥立つ。鳩尾辺りが焼け付くように痛む不快感。気が悪い胸焼けに襲われる。
「この踏み切り、ご存知ですよね」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
「見覚えありませんよね」
無いわけがない。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカカンカ
「その女の子の名は 美空 蕾 」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン―――――――!
電車が目の前を過った。
次第に薄れる踏み切りの音。
勢い過ぎ去った電車のせいで風が吹く。風がハニーブラウンの髪が靡かせる。一陣の風が凄まじい。
「俺の弟を助けて頂いて有り難うございました」
腰を折る司くん。深々と私なんかに頭を下げている。玲音くんが司くんの弟。司くんが玲音くんの兄―――――何だかしっくり来る。
頭を上げるように託する。
ゆっくりと顔を上げれば踏切を見て情けない面を浮かべる司くん。らしくない表情だ。
「ずっと謝りたかった。貴女の大切なものを奪ったのは紛れもない俺だ。俺が玲音に変化に気づいていればこんなことには、」
「ストップ」
唇に人差し指を添えて、悔しさを滲ませて話す司くんにストップを掛ける。
「もう聞き飽きた。すみません、ごめんなさい、そんな言葉は何度も聞いて来たの。数年経った今でも言われるとは思わなかったよ」
「でも、」
「でもじゃない。まだ若いんだから小難しい事ばかり考えてるとストレスで禿げるよ?」
「いま冗談はいい。俺は真面目に言ってるんです。死に急いだのに良く戯れ口を叩けますね」
「冗談だよ?私なんて戯れ言と戯れ事で出来た人間だもん。真面目になるのにも一苦労!病院生活も飽き飽きして良く脱出劇を繰り広げたよ!最後の最後までシズ子ちゃんには世話になったな〜」
「いい加減話を真剣に、」
「逆に捉えてよ」
再び司くんの言葉を悟る。
おちゃらける私に眉を顰める司くん。相当悔いがあるらしい。私に謝るのに睨まれても困るけど。
厳しい顔付きの司くんとは対照的に私は清々しい笑顔。
「戯言も言えるようになったって思いなよ」
―――‥ドンッ!と胸板に軽くパンチを入れる。パンチと言うよりもコツンと拳を胸板に宛がった。胸に刻めと言うように。
その言葉に司くんは僅かに目を見開いた。
「今さら謝罪されるほど根に持つタイプじゃない。そんなに謝るなら配慮してよ〜?前の私なら踏切に来ただけでブロークンハートが砕け散ってたしね。事故が合った場所で謝るなんて強者〜」
「………」
「そんなに殴られたかった?」
「―……痛みを少しでも感じたかった。蕾さんの痛みに比べると極纔な痛みですけど」
「ふうん。ここに来れば私が逆上して司くんを殴ると?」
「はい」
「―……なら残念。私は平和主義で暴力には無縁なの。殴れない。残念ながら殴る理由も無い」
うしし!と笑みを浮かべる。
有難うの後にごめんなさいは要らない。有難うだけで充分に気持ちは伝わった。逆に私の考えが通じたのか司くんは「…有り難うございます」と呟いた。
優しく目尻を下げる司くん。改めて見れば玲音くんにそっくり。言われるまで気づかなかったけど、言われれば瓜二つ。見れば見る程玲音君と兄弟なんだと改めさせられる。