こうして僕らは、夢を見る
司くんはポケットから取り出したものを私の掌に乗せる。同じメーカーの店舗に販売していると思うけど、私はこれじゃないと嫌だ。悩んだときも息詰まったときも手に握り締めていた“これ”だからこそ価値がある。
「事故を目撃していた人が拾ったらしいです。綺麗な色ですね」
「……空の色だよ」
「それ玲音のではないので蕾さんのですよね?いずれ返せるときが来るまで大切に保管しておこうと思ったんですよ」
細長いヒモ。青空のようなヒモ。大切なシューズに結ばれていた靴ヒモ。やっぱり切れていて半分しかない。切れた感覚があったから。だけど感触は当時のまま。懐かしいな。
水色の靴ヒモを持つ手に力が籠る。ただのヒモを大事に取っておくなんて司くんぐらいだよ。切れた靴ヒモなんてただの塵。
私にすれば塵じゃないけど他人から見ればただの塵。まさか手元に戻るとは思わなかった。この驚きは2度目。形は違えど戻ってきた。不思議な巡り合わせ。運命みたい。これが運命なら神様に感謝したい。
「―…有難う」
左手で靴ヒモを握りしめ、右手で司くんの手を握り締める。本当に小さな呟き。聞こえていたかは解らないけど口元が綻んでいるのが横目で見えたから聞こえていた筈。面と向かって御礼を言うのも何だか気恥ずかしい。
「これ私の宝物なの……」
「陸上部時代のですか?」
「うん」
「最悪なこと言いますけど、1度見てみたかったです。蕾さんの走る姿を。本心からです。1番輝いた蕾さんを目の前で見たかった」
「もう青は遠いよ」
その呟きを聞いた司くんが反応する。
「前にも“青”って言いましたよね?その“青”って空のことですか?大海原のように青い空」
「正解。だけど少し足りない」
「他にもあるんですか?」
「私が陸上を始めたのは中学1年生の春頃なの。始めた理由が人生1度きりの青春を味わいたかったから。ただそれだけ」
「ははっ、蕾さんらしい」
「結構単純で馬鹿な理由でしょ?運動が得意なわけでもないのに陸上部に入った私は言うまでもなく片隅に居るような影の薄い存在」
このままじゃ青春を見る前に全てが散ると思った。“春が来て夏が来て秋が来て冬が来て呆気なく、私の汗と涙の青春時代は終わる”そう悟った。夏の地区大会を目前に控えた私は焦りに焦った。そのとき目に入ったのは澄んだ空。
「だから“青い空”に誓ったの」
「何をですか?」
「“夢を見れますように”って」
「願望じゃないですか」
「ふふ。願望だよ?“1位”とか求めないから“ひとときの夢”を見せて貰おう〜って思ったの」
まさしく神頼み。
そして司くんは笑いながら言う。私の話を情緒的な言葉に変える。司くんのような麗しの王子様が言うと気障な台詞も様になる。
「青は“青春”か」
「正解!」
「そんな蕾さんにピッタリの言葉がありますよ」
「ん?」
「――‥‥」
―――‥それを聞くとロマンチックな言葉だ、と微笑する司くんを見ながら思った。