灰色ブランコ
僕は天使に会ったことがある。
ひとに話しても絶対に信じてはもらえないと分かっているのでまだ誰にも話したことは無いが、誓って本当のことである。
これを読んでいるあなたもきっと疑っているのだろう。だがこうしてめぐり会ったのも何かの縁、ほんの少しの暇つぶしにでも、僕の話を聞いていっていただきたい。
あれは、僕が大学を卒業した年の春だったと思う。
あのころの僕はひどい有様だった。就職活動という名の戦に破れ、大学を卒業したのにも関わらず惰性的な生活を送っていた。このままではいけないと思いながらも、一度挫折した道に戻ることは気が重く、働く気も起きないままなんとなく日々を過ごしていた。
ある日僕がいつものようにネットサーフィンを楽しんでいると、母が部屋のドアをノックした。呼ばれるままに向かったリビングで待っていたのは腕を組んで険しい顔をした父。その周りに漂う空気で判った。説教される、と。冷静に考えれば、大学まで行かせてもらったくせに未だ親のすねをかじりっぱなしの息子に腹を立てる気持ちは良くわかる。だがこのときの僕は普通ではなかった。頭ごなしに怒鳴る父に腹を立て、半ば呆れた。このひとは何もわかっていないと。自分だって好きでこの生活を選んだわけではないのだ。未来に馳せる希望も、夢も、社会という大きな壁の前に打ち砕かれ、傷ついているのだ。自分が感じている不安や焦りを、父や母がまったく理解していないと考えると、腹が立ったし、悲しかった。
ひとしきり説教が終わった後、僕は絶望を感じながら席を立った。俯き加減で頭を冷やしてくると言った僕に、両親はどこかしら納得したようだった。
小雨が降っているのかと思うほど霧の濃い夜だった。灰色に濁る空気の中で僕の行く先を照らすものは何も無い。ただ規則的に並んだ街頭だけが、誰も居ない空間を白くぼんやりと照らしていた。その中をぽつりぽつりと歩いていく。
両親に反抗するつもりはない。ここまで育ててもらって大学も行かせてもらったことにはそれなりに感謝もしているし、尊敬もしている。しかし、心のどこかに居座っている「認めてもらいたい」という気持ちを認識すればするほど、僕の気持ちは歪んでいった。認めてもらいたい、理解して欲しい、そんな感情は甘えだとわかっている。成人式もとうに終えたというのに、いつまで子供のフリをするつもりなのか。