Secret Lover's Night 【連載版】
不思議そうに首を傾げるサナの長い髪に手を伸ばし、もうすっかり冷えてしまったそれを一掬い口元まで引き寄せると、息を整えて柔らかに笑う。

キャンドルの灯りが、そんなハルの表情に柔らかさを足していた。


「お風呂入りに行こっか。俺の部屋に」


改めて直視したハルの顔に、サナはとても驚いた。優しげに細められた目に、口元から覗く八重歯。「美形」と称されるような、そんな男。

驚きに目を丸くしたサナが、同時に少しだけ身を引いた。それを躊躇いと解釈したハルが、手を伸ばして頭を撫でながら不安げに問う。

「嫌?」
「オニーサン…の、部屋はここから近いの?」
「近いよ。新大久保やから」
「どこ、それ」

ちんぷんかんぷんだ。と、サナは笑う。雨と涙でメイクがぐしゃぐしゃになった後の顔で無邪気に笑うサナを抱き寄せ、ハルは冷えた頬に自分のそれをピタリと寄せた。


「逃げてまおっか、二人で」


驚いたサナが体を離そうとするも、しっかりと肩を抱く腕の力にそれは叶わなかった。密着した体が伝えるものは、互いの冷たさと温かさ。

「冷たい体やな」
「オニーサンは…あったかい」

止まっていたはずのサナの涙が、再び零れ落ちた。涙が伝うそこだけがほんのりと温い。柔らかく、ハルには見えない位置でサナが笑む。

「大事なもんだけ取っておいで。他は全部俺が買うたるから」
「なんで?」
「俺がそうしたいから。ってのは理由にならんか?」
「よく…わからん」

理由はどうでも良かった。


ただ、誰かが傍にいる。
ただ、誰かの傍にいる。


そんな何かに満たされたような瞬間は、サナにとってもハルにとっても、渇望していた瞬間だった。
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