Secret Lover's Night 【連載版】
吉村にとっては、千彩はいつまでもあの頃の千彩のままで。それがこんな風にコロコロと表情を変えるようになるとは、夢にも思っていなかった。
「おにーさま、はるは?まだ?」
思い出に浸る吉村の顔を覗き込むように、千彩が身を乗り出す。よく見れば、その顔にはメイクが施されていて。いつの間にこんな風になってしまったのだろう…と、まるで成長を見逃してしまった父親の気分だ。
「まだちゃうかな。それよりちー坊、仕事のことなんやけどな」
「お仕事?」
「ちー坊、何て店で働いてたんや?」
「んー。わからへん」
「ほな、オーナーか店長の名前は?」
「わからへん」
「何か覚えとること無いんか?場所とか、どんな奴がそこ連れて行ったとか」
「えーっと。家は覚えてる。角を三つ曲ったとこにあるビル」
「ビル!?よし!ほなそこ行こ!」
手がかりを掴んで意気込む吉村に、千彩はゆるりと首を振る。それが亡くなった美奈の姿と被って見え、思わずハッと小さく息を呑んだ吉村に、千彩は悲しげに微笑んだ。
「はるがね、もうあっこには行ったらあかんって」
「ハル…さんが?」
「あっこはね、ちさがおったらあかん場所やったんやって。だから、ちさもう行かない」
「ちー坊…」
何と女らしい表情をするようになったのだろう。美奈もよく、こんな風に悲しげに笑んだ。その度に胸の奥が痛み、遣り切れなさに唇を噛んだ。そんな日々を思い出す。
「もう…ええわ。もう訊かんとこ」
「もういいの?」
「ええよ。ちー坊がこうして帰ってきたんや。俺はそれで十分や」
伸びた髪をゆっくりと撫で、そっと抱き寄せる。シャンプーの香りだろうか。ほんのりと甘い香りが余計に胸を締め付けた。
「おにーさま?」
「今日はハルさんらと話しするから、このままここに泊まろうな。ほんで明日帰ろう」
「え?」
「いつまでもこっちにおってもしゃあないやろ?帰って二人で暮らそな」
「…イヤ」
「またそんなん言うて。言うたやろ?ハルさんにご迷惑やから」
宥めようと伸ばした手を払われ、吉村は目を瞠る。今まで、どんな時でも千彩が自分の手を払うことなどなかった。当たり前に頭を撫で、当たり前に抱き締めてきた。それを拒絶されたような気がして。
「ちー坊…」
「はるは嘘つかへん!迷惑ちゃうって言ったもん」
「それはやなぁ…」
「ちさ、はる大好きなんやもん。はるもちさ大好きって言ってくれるもん!」
それは好きの意味が違う。
そう出掛かった言葉を、慌てて呑み込む。千彩にとっては、これがおそらく初恋なのだろう。叶えてやりたいのはやまやまだけれど、それには無理があり過ぎる。
「おにーさま、はるは?まだ?」
思い出に浸る吉村の顔を覗き込むように、千彩が身を乗り出す。よく見れば、その顔にはメイクが施されていて。いつの間にこんな風になってしまったのだろう…と、まるで成長を見逃してしまった父親の気分だ。
「まだちゃうかな。それよりちー坊、仕事のことなんやけどな」
「お仕事?」
「ちー坊、何て店で働いてたんや?」
「んー。わからへん」
「ほな、オーナーか店長の名前は?」
「わからへん」
「何か覚えとること無いんか?場所とか、どんな奴がそこ連れて行ったとか」
「えーっと。家は覚えてる。角を三つ曲ったとこにあるビル」
「ビル!?よし!ほなそこ行こ!」
手がかりを掴んで意気込む吉村に、千彩はゆるりと首を振る。それが亡くなった美奈の姿と被って見え、思わずハッと小さく息を呑んだ吉村に、千彩は悲しげに微笑んだ。
「はるがね、もうあっこには行ったらあかんって」
「ハル…さんが?」
「あっこはね、ちさがおったらあかん場所やったんやって。だから、ちさもう行かない」
「ちー坊…」
何と女らしい表情をするようになったのだろう。美奈もよく、こんな風に悲しげに笑んだ。その度に胸の奥が痛み、遣り切れなさに唇を噛んだ。そんな日々を思い出す。
「もう…ええわ。もう訊かんとこ」
「もういいの?」
「ええよ。ちー坊がこうして帰ってきたんや。俺はそれで十分や」
伸びた髪をゆっくりと撫で、そっと抱き寄せる。シャンプーの香りだろうか。ほんのりと甘い香りが余計に胸を締め付けた。
「おにーさま?」
「今日はハルさんらと話しするから、このままここに泊まろうな。ほんで明日帰ろう」
「え?」
「いつまでもこっちにおってもしゃあないやろ?帰って二人で暮らそな」
「…イヤ」
「またそんなん言うて。言うたやろ?ハルさんにご迷惑やから」
宥めようと伸ばした手を払われ、吉村は目を瞠る。今まで、どんな時でも千彩が自分の手を払うことなどなかった。当たり前に頭を撫で、当たり前に抱き締めてきた。それを拒絶されたような気がして。
「ちー坊…」
「はるは嘘つかへん!迷惑ちゃうって言ったもん」
「それはやなぁ…」
「ちさ、はる大好きなんやもん。はるもちさ大好きって言ってくれるもん!」
それは好きの意味が違う。
そう出掛かった言葉を、慌てて呑み込む。千彩にとっては、これがおそらく初恋なのだろう。叶えてやりたいのはやまやまだけれど、それには無理があり過ぎる。