Secret Lover's Night 【連載版】
千彩が眠りに就き、晴も軽くシャワーを済ませ缶ビールを片手に薄暗い部屋を彷徨う。それはもう手慣れたもので。

実際晴自身も、千彩を「モグラ」などとは呼べないような生活をしていた。


1LDKのその部屋は、リビング・ベッドルーム共に電球の色温度が低く、おまけに主照明からは電球が取り外されている。

薄暗く、「人の集まらない空間」の代表のような部屋だった。


改めて考えれば、ここへ引っ越してから一度もこの部屋に人を招いたことがない。元々そういったタイプの人種ではないのだけれど、恋人でさえも招き入れたことがない部屋はここが初めてだった。


「あぁ…電話」


思考の中の、「恋人」という単語に引っ掛かる。ソファの上に転がしたままだった携帯を開くと、着信が5件。全て「後で電話するから」と言って切った恋人からだった。

確かめて、深いため息を吐く。と同時に、再び手の中の携帯が震え始めた。

「はい」
『やっと出た』
「ごめん、仕事してた」
『終わった?』
「終わったで。でも、今日は会えんわ。ごめん」

彼女が言い出す前にそう告げると、不服そうな声が受話器から聞こえてくる。

「疲れてんの。ごめんな?」
『最近ずっとゴメンばっかじゃん』
「ごめん」
『もういいよ。晴なんて大嫌い!』
「そっか」

普段ならば「そんなこと言うなよ」と宥めるのだけれど、今日に限ってはそんな気分には到底なれなかった。

その返事を訝しんだ彼女が、電話口で泣き出すまでに数秒。その声を聞きながら、ソファに寝転んで喉にビールを流し込む。

面倒くさい女…と、声に出来なかった言葉を一緒に流し込んだ晴の視界から、柔らかな明かりが奪われた。

「はる?」
「わっ!げほっげほっ!」

『何!?どうしたの?』

「ごめん、リエ。また電話する」
『何それ!』
「ごめん、またな」

そのまま電源を落とし、取り敢えず乱れた呼吸を整える。

「はる?」
「おぉ。どした?」
「起きた」

体を起こし、背凭れを挟んで自分を見下ろしている千彩の手を取った。

さっきまで眠っていたはずのその手が、随分とひんやりしていて。頬に寄せると、くすぐったそうに千彩が笑う。

「こっちおいで?」
「うん」

メランコリックな気分も、こんな穏やかなやり取りに影を潜めていく。意外だ…と、晴自身が一番そう思っていた。
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