Secret Lover's Night 【連載版】
どうにか薬を飲まずに落ち着きを取り戻した千彩が晴人に擦り寄ったのは、それから30分程経った後だった。

「はるー」
「んー?」
「今日はお仕事お休み?」
「おぉ。休みやで」
「明日は?」
「明日も。せやから今日はここに泊まるわな」
「うん!」

まるで何事もなかったかのように笑顔を見せる千彩に、いまいち状況を把握できていない晴人の頭の中は混乱気味で。それでも何とか甘える千彩の頭を膝に乗せて撫でながら返事をし、コーヒーを運んで来てくれた母にチラリと視線だけで縋った。

「そんな目されてもねぇ」
「俺どないしたらええん」
「普通にしてたらええんちゃう?いつも通り。お母さんは智人にそう言われてるけど」

そう言えば…と、変に落ち着いた智人の態度を思い出し、晴人は眉を顰めた。

「あいつ、バイト辞めたん?」
「うん。今はバンドとちーちゃんだけ」
「そっか」
「ちーちゃんのおかげでだいぶ成長したんよ、あの子」
「そうみたいやな」

初めて二人きりにした日、電話越しの智人は酷く動揺していた。どうしていいかわからない。そんな様子がありありと伝わってきて。けれど、今はどうだろう。不安定な千彩を前に、晴人の方が動揺してしまっていた。

二人でどんな生活をしてきたのだろう…と、頭を撫でられて気持ち良さそうに目を細める千彩に、晴人は優しい声で問い掛けた。

「ちぃ、毎日何してんの?」
「んー?」
「智と一緒に何してんの?」

見上げると、晴人はとても柔らかに笑っていて。それが堪らなく嬉しくて、千彩は体を起こして「えっとねー…」と両手を上向きに広げて見せた。そして、毎日の生活を思い出しながら指を一本ずつ折って晴人に話し始める。

「朝にお弁当作って、それ持って病院行ってー、終わってから公園行ってお弁当食べてー、ともとの練習行く!」
「練習?」
「バンド!」

晴人の知る智人の生活は、言うまでもなくバンドが中心。そのために起き、そのために動く生活だった。

千彩のために生活まで変えたか…と、智人のあまりの変わりぶりに、晴人は思わずため息を吐きかけた。それを止めようと、母は「そうだ!」とわざとらしく声を上げる。

「ちーちゃん、おやつにしようか」
「うん!あのね!はるがプリン買ってきてくれたよ!」
「あらっ。良かったねぇ」

パタパタとキッチンへ向かう母について行こうと千彩は腰を浮かせるけれど、それはしっかりと回った晴人の腕に阻まれた。

再びぽすんとソファに腰を下ろすことになった千彩は「うん?」と晴人を見上げ、その悲しげな表情に慌てて晴人の頬を両手で挟んでじっと瞳を見つめた。
< 220 / 386 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop