Secret Lover's Night 【連載版】
追いかけようかと一度は腰を浮かせた母だけれど、どうしても晴人が気になって千彩を追うことが出来なかった。

「ねぇ、晴人」
「ほっといて」
「晴人、ちょっとだけ聞いて?」

そう言うと母は立ち上がり、和室に置いてある一冊のノートを取って晴人の前に置いた。

「これ、ちょっと読んでみて」

置かれたノートの表紙には、おそらく母の字だろう丁寧な字で「家族日記」と大きく書かれていた。1ページ、2ページ…と捲り、晴人は唇を噛む。

千彩の書いた短い日記の後に、毎日必ず母と智人がコメントをしているその日記は、晴人がここへ来て追い返された二日後から書かれていて。時々ある父や姉、智人の親友の悠真のコメント。それを読みながら、晴人は情けなさでまた涙が溢れた。

「ちーちゃんね、晴人のことばっかりなんよ。早く会いたいとか、お仕事頑張ってるかな?とか」
「・・・」
「ねぇ。智人が何でちーちゃんのこと引き受けたか知ってる?晴人じゃ無理やって言うんよ。晴人はちーちゃんのことが好き過ぎて、周りが見えてないからって」
「俺は…」
「ちーちゃんの話、ゆっくり聞いてあげなさい。ゆっくり聞いて、ちーちゃんのこともっとわかって、それで愛してあげなさい。それは、晴人にしか出来ないことでしょ?」

智人に追い返されたあの日、自分には何も出来ないと言われた気がした。毎日電話やメールで連絡を取るものの、傍で支えてやることの出来ない自分に苛立った。そして今、千彩にまで自分を拒絶された気がして。

その全てが「千彩」ではなく「自分」だったことに気付き、あまりの情けなさに晴人は一度顔を伏せた。そして、大きく息を吐き、顔を上げて母に向き直った。

「ちぃんとこ行ってくるわ」
「ほんなら、これ持って行ってあげて」

手渡されたのは、自分が買い与えたくまのぬいぐるみ。いつでも大事そうに抱えている。と、以前母がそう言っていた。

「ありがと、母さん」
「頑張って、お兄ちゃん」

にっこりと笑う母に送り出され、晴人は一度階段の下で深呼吸してゆっくりと自室へと向かった。
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