Secret Lover's Night 【連載版】
ライブ後の控室で、智人はタオルを頭から被り一人項垂れていた。


「ありゃナイわ。ホンマ俺最悪」


ブツブツと聞こえる声に、メンバーは何も反応しない。それどころか、さっさと帰り支度を始めてしまっている始末で。さすがに不憫に思った悠真がそっと近付こうとするも、智人から醸し出される「近付くな!」オーラに二の足を踏まざるを得なかった。

「お疲れ。俺ら帰るで」
「あぁ…うん」
「トモ、頼むわな。お疲れ」
「お疲れ」

他の二人も、何も智人を責めているわけではない。そっとしておいてやろう。その意見が二人の間で合致しただけなのだ。


「なぁ、智人」


堪らず声を掛けたものの、その後の言葉が続かなくて。結局黙ってしまった悠真は、仕方なく椅子に腰かけて智人の回復を待つことにした。

晴人の婚約者だという少女に出会ってから一ヶ月。中学時代から親友をやっている悠真でさえ驚くくらい智人は変わった。

いや、「変わった」と言うよりも「変わらなければならなかった」の方が正しいかもしれない。そう思ってしまうくらい、慣れないことに四苦八苦している智人を一番近くで見てきた。

「ちーちゃん、待ってるんちゃう?」

千彩の名を出すと一瞬智人の肩がビクリと跳ね、そして今度はテーブルに突っ伏して再び動かなくなってしまった。やれやれ…と、悠真は頬杖をついてその様子を眺めながらため息を吐く。思えば、こんなにも堂々とため息を吐けるのも久しぶりのように感じる。

智人がまるで自分の妹のように面倒をみている千彩は、本当は智人の兄である晴人の婚約者。それだけでも他のメンバーを十分に驚かせたというのに、日によってコロコロと変わる千彩の状態に、智人だけならず悠真や他のメンバー二人も苦労した。けれど、智人抜きでは練習もままならない。この一ヶ月は、同じバンドのメンバーにとっても暗中模索の一ヶ月間だった。


「具合悪いから置いてきたんやろ?待ってんで。はよ帰ろうや」


今度は、肩が跳ねる代わりに首が横に振られた。いつまでこうしてる気でいるのだろうか…と、悠真は壁掛けの時計を見上げ、智人と同じように机に突っ伏した。

少し遅れて会場入りした智人は、どうにも浮かない顔をしていて。いつも連れている、今日も当然連れて来るはずだった千彩の姿が無いことで、メンバーは「また具合が悪いのだろう」と言わずとも察した。
< 226 / 386 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop