Secret Lover's Night 【連載版】
そのせいだろうか。今日の智人の演奏はミスの目立つ粗い演奏で。笑顔の一つも見せないものだから、観客も不思議そうに顔を見合わせていたりした。

「泣いとるかもしれんからはよ帰ったろうや。なぁ」
「ええねん」
「ええって…どないしてん。いっつも飛んで帰るくせに」
「今日はお兄が帰って来とる」
「にーちゃん帰って来てんのか!?」
「おぉ」

だったらそれを早く言え!と言いかけて、悠真は言葉を呑み込んだ。ならば何故そんなにお前がボロボロになってるんだ。その思いの方が強く出た。


「お兄がおったら俺は要らんねん。今頃嬉しそうにベッタリ甘えとるわ」


あぁ、それでか。と、悠真は思わず噴き出す。それに反応した智人が顔を上げ、その何とも情けない表情に悠真は再び噴き出した。

「…何笑うてんねん」
「妬くなや」
「妬いとるかいあほ」
「あほはお前やろ。ちーちゃんはにーちゃんの彼女なんやから、にーちゃんが帰ってきたらそりゃにーちゃんに甘えるやろ」
「わかっとるわ、そんなこと」

わかっている。
わかっているけれど、どうにも処理しきれない感情がある。

それを抑えることも振り切ることも出来ず、ボロボロの演奏でステージを一つ無駄にしてしまった。もしかしたら、今日がチャンスだったかもしれない。そう思うと、自己嫌悪で泣きたくなってくる。

「俺はなぁ、バンドで生きてくんや。ギターと生涯を終えるんや」
「はいはい」
「デビューして、お兄より有名なって、いつか絶対超えたんねん」
「せやなー」
「超えて、お兄に俺らの写真撮らしたんねん」
「それは賛成やな」
「俺は負けへんぞ」
「ガンバレー、ともとー」
「ともと言うなっ!」

そう呼んでもいいのは千彩だけだ!そう言いかけて、智人はハッと口を抑えた。何がどうなってこうなった!千彩を任されたあの日に幾度となく頭の中で繰り返した言葉が、今になって智人の頭に再び蘇る。

「千彩はお兄の婚約者や」
「初めて会うた日にそう紹介してくれたやん」
「せや。俺の義理の姉や」
「どう見ても「妹」やけどな」

あははっ。と笑う悠真は、智人の想いに気付いている。けれど、それに触れないでいてやるのが優しさだと思い、わざと軽く流すように笑い声を上げた。

そして智人も悠真のそんな優しさに気付き、それ以上は何も語らなかった。
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