Secret Lover's Night 【連載版】

 想い合う心

父が戻って暫くしてふと目を覚ました千彩は、首元まで上げられた布団を押し退けてふぅっと大きく息を吐いた。

そして、隣で眠る晴人を起こさないようにゆっくりと体を起こし、何度か深呼吸をして呼吸を整える。


晴人の元に戻るまでに、自分には出来るようにならなければならないことかいくつかある。

料理に掃除に洗濯といった家事全般。庭の手入れも出来るようになれば、晴人に綺麗な花を見せてあげられる。後は元気になればそれで良い。と晴人の両親や吉村には言われているのだけれど、智人はそうは言わなかった。


「湯船に浸かれ。布団を肩までかぶれ」


風邪を引くから、と毎日口煩く言われる。わかってはいるのだけれど、あと一歩がどうしても出ない。


何も怖くない。
大丈夫。


何度そう言い聞かせたとて、胸の奥にある恐怖心がそうはさせてくれなかった。


「頑張るって約束したもん。ちさ、頑張るもん」


眠い目を擦りながらギュッとぬいぐるみを抱きしめて、千彩は決意を新たにする。そんな千彩を、眠っていたはずの晴人の腕が捕らえた。

「ひゃっ!」
「ん…どないした?ちぃ」
「びっくり…した」
「あぁ…ごめん」

まだ半分夢の中にいる晴人は、眠そうに返事をして千彩を引き寄せる。それに身を任せ、千彩は再びゴロンと横になった。

「はる、後ろから手が出てくると怖いよ」
「んー…」
「どっかに連れて行かれるって思う」
「んー…せやな。ごめん」

背後から不意に伸びてくる手には、未だ慣れない。考えてみれば嫌な思い出しかない…と、千彩が珍しくため息を吐いた。

「幸せ逃げてまうんちゃうんか?」
「…うん」
「どないしたんや」
「あの…ね」

言いかけて、千彩は言葉を切った。胸の奥には、確かに伝えたいことがある。

けれど、それが上手く言葉にならない。
< 252 / 386 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop