Secret Lover's Night 【連載版】
柔らかな絨毯の上を、音を立てないようにそっと逃げる。物音がすれば隠れ、千彩はそっと息を殺してタイミングを見計らった。

そういえば、はると初めて会った日もこんなだった。そう思いながら、千彩は司馬家の広い屋敷の中で出口を求めて彷徨っていた。


「んー…お家にドアがあるのは、玄関と、リビングと…キッチン?」


無暗に扉を開けば、誰かに見つかる可能性が高い。それに、ここの扉はどれも重そうで、開くと大きな音がしそうなのだ。いくらすっとぼけた千彩にでも、それくらいのことは察しがついた。

本人は気付きもしていないけれど、千彩はこれでいて「逃げ出す」ことに関してはかなりの腕がある。でなければ、いくら広いと言えど警備と言うか…用心棒的な男が何人も駐在する家からこっそりと抜け出せたりはしない。

「キッチンは…あっち!」

クンクンと鼻を鳴らし、千彩は音を立てないようにゆっくりと扉の近くまで移動した。食いしん坊の千彩だからなし得る究極の技。千彩が本当は犬だったというのでなければ、もうそうとしか言いようがない。

「せいかーい!あっ…」

そっと開いた扉の先には、広々としたキッチンが広がっていて。思わずガッツポーズをし、誰もいないことにホッと胸を撫で下ろした。

「よし!お家に帰るぞ!」

ギュッと両手を握って気合いを入れ直し、目指すは数十メートル先の勝手口だ。今まで歩いてきた絨毯の上とは違い、キッチンの床はヒールの音が響く。うーん…と考え、その音の原因となるブーツを脱ぐと、両手でそれを抱えて一気にゴールを目指す。

屋敷を出て一番にしたことは、空を見上げること。大きな満月が広い庭を照らし、千彩の影を作っていた。


「うーん…これはまずい」


幾度となく脱走を図ってきた千彩にはわかる。月が明るく照らす夜は、見つかる確率が高いということが。

「えっと、こうゆう時は…」

そっと木の陰に隠れ、手に持ったままだったブーツを履き直す。そして、ぐるりと辺りを見渡して狙いを定めた。

「出口はあっち!」

どんなに広い屋敷にでも、普段使用人が使う通用口がある。いや、広い屋敷だからこそ、だ。

頭の回転が速いのか、ただ本能がそう察知しただけなのか。どう考えても後者な千彩は、大嫌いな闇に紛れて司馬家から逃げ出すことに成功した。
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