Secret Lover's Night 【連載版】
「ちょっ!離せって!」
「何慌ててるの?」
「ええから離せ!千彩っ!」

無理やりに振り解き、慌てて駆け寄る。パジャマ姿でくまのぬいぐるみと手を繋いだ千彩は、この街では異色で。誰もが振り返り、中には覗き込んで声を掛ける男も居た。

「すいません!俺のツレです!」

そう言って伸ばした手は、千彩には届かなかった。


パシンッ


払われた右手。払ったのは、間違いなく千彩で。硬直する晴人をギッと睨み付け、千彩はクルッと背を向けて俯いた。

「ち…さ?」

肩を抱こうと伸ばした手を握り、晴人は俯いた。二度と立ち入ってはいけないと言っていた大人の街。しかもこんな夜中。どんなに遅くなっても、眠い目を擦りながらでも「おかえりー」と笑顔で迎えてくれる千彩が、パジャマ姿のまま一人でここへ来た。恵介はどうした。そんな言葉は出なかった。

「ハル?何、その子」

ヒールの音がピタリと隣で止まり、それと同時に千彩が振り向いた。その悲しげな表情が酷く晴人の胸を痛める。

「え?何?迷子?家出?」
「ちさ迷子じゃないもん!」
「何なの、この子。パジャマだし」

ギュッと両手を握りしめて反論する千彩の体は、小さく震えていて。手を伸ばしたい。けれど、また払われたら…と思うと、その勇気は出なかった。

「ちぃ、恵介は?」
「けーちゃんは寝てる」
「黙って出てきたんか?恵介が心配するから帰ろ。な?」

「僕が連れて来たんだよ」

ガードレールに腰掛けていた男が、キャップをクイッと上げて千彩の肩を抱いた。そして、自分の羽織っていたコートをそっと千彩に掛ける。その声には十分聞き覚えがある。顔にも。けれど、咄嗟の判断を晴人の脳は拒絶した。

「これでわかったろ?さ、帰ろう」
「うん」
「ちょっ…!どこ連れてく気やねん!」
「どこって、うちの屋敷に決まってる」

ふわりと香る爽やかなバラの香り。この街には不釣り合いなその香りが、晴人の頭の回転を鈍くした。

「子供がこんな時間にこんなとこにいちゃダメよ?パパとママが心配してるから早く帰んなさい」
「うるさいっ!」


パンッ!


何も知らずに身を屈めた女の頬に、千彩の小さな手が張り付く。まさか千彩が…と、信じられない晴人は、表情を歪めたまま言葉を探した。

「あんたなんかに晴人はあげへん!ちさの晴人なんやから!」

ドンッと勢い良く抱きつかれても、晴人は無反応に固まったままで。抱き締めて、謝らなければ。頭ではそうわかっていても、体は言うことをきいてくれそうにはなかった。

「ハルの知り合いなの?」
「俺の…嫁さん」
「えっ!?あっ!待ち受けの!?」
「…そう」

グリグリと額を押し付けながら怒る千彩を見下ろしながら、晴人はふぅっと大きく息を吐いた。

クリスマスも正月も超えた夜の街は、空気も視線も冷たかった。
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