Secret Lover's Night 【連載版】
完全に寝入ってしまった千彩を抱えてエレベーターを降りると、玄関扉の前で両手を腰に当ててふくれっ面をした恵介が出迎えてくれた。

「ちょうど良かった。ドア開けてくれるか?」
「…どーぞ」

不満げな恵介を押し退け、取り敢えず腕の負担を軽くするためにベッドルームへと急いだ。と言っても、身軽に駆け出せるわけではないけれど。

「あー、重かった。おやすみ、ちぃ」

そっとダウンを脱がして掛布団をかけ、ちゅっと額に口づけて一先ず落ち着いた。腰掛けるとグッと沈み込むクイーンサイズのベッドは、独身時代から晴人が愛用していたもので。そう言えば、ここに寝たことがある女は誰だっけ…?と、自分の悪事を思い返す。

「ん。おらん。ちぃだけや」

ベッドを買い替えたのは、あの薄暗い部屋に越す時だった。あの部屋に女を泊めたことは一度も無い。それどころか、千彩と出会うまでは恵介でさえ招いたことが無かった部屋だ。

良かった、良かった。と一人頷く晴人に、冷たい視線が突き刺さる。

「俺、そろそろ帰るけど平気?」
「おっ?フォロー無しで帰るんか。さすがやな」
「おバカな親友と女王様、どっちがいい?選ばせてあげてもいいよ?」
「すいませんでした。お帰りくださいませ」

深々と頭を下げる晴人をふんっと鼻で笑い、メーシーは足音も立てず去って行った。忍者か。そう小さくツッコんだ晴人に、寝返りを打った千彩がうぅんと答える。

まぁ、現実はそんなものかもしれない。簡単な経緯くらいは説明してくれると思っていたのに、それはどうやら大きな思い違いで。ギャーギャーとマリにどやされるくらいならば、恵介の酒の相手をする方がマシだ。咄嗟の判断が間違っていないことを祈るばかりだ。

「ごめんな、ちぃ」

起きている間には口に出来なかった言葉。眠ってしまった今だから。耳元に唇を寄せ、そっと囁く。

「ん…はるぅ」
「大丈夫。ここにおるで」

眠っていても、こうして時々自分の所在を確認してくれる。それが嬉しくて。伸ばされた手とぷにっと柔らかな頬にキスをして、ぬいぐるみを腕の中に収めてやる。千彩の親友のそのぬいぐるみは、じっと晴人を見つめたまま何か言いたげで。

「わかってますよ。起きたらちゃんと謝ります」

自分自身に言い聞かせるようにそう言い訳し、そっと腰を浮かせた。
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