Secret Lover's Night 【連載版】

 少女の純情

翌朝、やはり襲ってきたのは起き上がることを躊躇うほどの気怠さで。うぅんと唸り声を上げる晴人の腕の中で、何か言いたげなままの千彩の親友がむにっと潰された。

「ん…ちぃ?」

何かが違う。そう気付いたのは、瞼を持ち上げる寸前だった。違和感を感じながら想い瞼を持ち上げ視界に映ったのは、見慣れた背中だ。

「…何で俺がコイツとベッドを共にせなあかんねん」

目覚めが悪い!と、パシンッと頭を叩いても、完全に寝入ってしまっている恵介が起きる気配は無かった。

「ちぃ?おはよう」
「おはよー、はる」

さぶっ!と身を震わせる晴人に構わず、千彩はリビングの窓を全開にして空を見上げたままで。振り返りさえしないものだから、やれやれ…と肩を竦めるしかなかった。

「怒ってんの?」
「怒ってないよ」
「じゃあ何でこっち向いてくれへんの?」
「はるのこと…嫌いになったから」
「そっか。そっか?えっ!?」

とてもではないけれど、聞き流せない言葉だった。嫌いになった?何だ、それは。言葉は知っている。けれど、その意味が理解出来ない。そんな状態だ。

「ち…ちぃ?」
「ちさは、もうはるのこと嫌い。でも、おにーさまに帰るお家は無いって言われたから、なぎのとこへ行く」
「はぃ?」
「なぎは、ずっとちさだけ好きでおってくれるって言ってた。毎日お家に居て、ずっとちさだけのなぎでおってくれるって」

漸く顔を見せてくれた千彩の目には、溢れる寸前の涙が今か今かと待機していた。

「あのー…ちぃ?」

我がままなモデルの対応には慣れている。誘ってくる女も、扱い難いと評判だったマリ女王の対応もお手の物だ。けれど、千彩はそのどれもとあまりに違い過ぎて。自分がこれくらいの年の頃でも、こんな風に真っ直ぐに人を想ったことは無かったかもしれない。そう思うと、かける言葉に困った。

「はるは…ちさ以外にもいっぱい好きな人がいるんでしょ?」
「いや。おらんよ?」
「いっぱいいるから、ちさとはキスするだけなんでしょ?」
「はい?」
「他の人とはいっぱい色んなことするのに、何でちさとはしないん?何でちさだけ仲間外れなん?」

誰だ。くだらないことを吹き込んだのは。考えるまでもなく、該当する人物の顔は一人しか思い浮かばなかった。

「ナギか」
「なぎが言ってたもん!はるは他に好きな人がいっぱいいるって!その人たちとはいっぱい色んなことしてるって!」

あのヤロウ…とギリギリ奥歯を噛み締めたとて、それが伝わるはずはなくて。取り敢えずこの場を何とかしなければ。そう思って伸ばした手は、パシンッ叩き落とされた。

「もー…俺の話聞いてや」
「イヤ!ちさはなぎのとこに行くもん!もうはるのこと嫌いやもん!」

こうなってしまったら、千彩は何を言っても耳を貸してくれない。頑固なのだ。これならばまだ幼稚園児の方が扱い易い。けれど、だからと言って諦めるわけにはいかない。実家に帰る。そう言われているわけではないのだから。

「俺が嫌いなんやったら出て行ったらええがな」
「え…」
「でも、ナギの家はあかん。行くなら智んとこにせえ。電話したるから」

そう言って携帯に手を伸ばした晴人に、千彩が慌てて駆け寄る。ギュッと握られた手は、すっかり冷えて氷のように冷たくなってしまっていた。

「はる…はるっ」
「智に電話して、迎えに来いって言うたるわ。てか、寒いから窓閉めてきて」
「あっ…うん」

千彩にその気が無いことは、晴人にはとっくにお見通しで。それならば優しく宥めてやれば良いのだけれど、渚の名前が出たことで晴人の嫉妬センサーが大きく振れた。その結果、「少しイジメてやろう」という判断を下すこととなったのだ。真っ直ぐな想いではない分、晴人の方がたちが悪い。

「閉めたよ。あの…はる?」
「荷物纏めておいでや?恵介寝とるから起こさんようにな」
「あのっ…あのね?」

背を向けて携帯を弄っているフリをしながらでも、千彩が「どうしよう…」と困り顔なのはわかる。いや。そうであってもらわなければ困るのだ。そんなことで本当に嫌われてしまうのならば、自分の過去など到底話せやしない。いつか、いつか千彩がもっと大人になったら話そう。そう思っていたのに。

「ん!?んー!」

徐に振り返り腕を引くと、バランスを崩した千彩の体はいとも簡単に腕の中に収まった。そのまま有無も言わさず唇を重ね、ソファへと追い込む。
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