Secret Lover's Night 【連載版】
「ホンマ・・・この裏切り者め」
ペシンッと額を叩いても、ピクリとも反応しない恵介。いつものことなのだけれど、だからこそ苛立つ。こんな時、決まって千彩の笑顔が見たくなるのは、もう晴人の中で千彩の存在が必要不可欠になっている証拠だろう。
「仕事…なぁ」
フォトアーティストへの道を選んだのは、紛うことなく自分だ。けれど、デザインも嫌いではなかった。
自分がデザインした服を恵介がコーディネートし、それを着たモデルがランウェイを歩く。熱いくらいのライト、多くの観客の声。ステージに立つのは自分達ではないけれど、それはそれで十分な達成感があるだろう。
上京した頃は、そんなことを夢に見ていた。
「俺の人生に平和は無いんか」
ピンッと指先で弾いたのは、ぐっすりと眠っている恵介の鼻の頭。さすがに痛かったのか、うぅんと恵介が呻いた。
「来週、あっち帰るぞ。さっさと起きて仕事の調整せぇ」
晴人の言葉に、未だ夢の中に片足を突っ込んだままの恵介が再び呻く。
「おーきーろっ!」
滅多に聞かない晴人の大声に、慌てて体を起こした恵介。それにニッと八重歯を見せ、晴人は笑った。
「さっさと起きろ」
「え・・・?あぁ、うん」
「片付け、お前も手伝えよ?」
「あー・・・うん」
「愛しのちーちゃんを迎えに行こか」
自分で言ったくせに照れ笑いをする晴人に、恵介はまだ開ききっていない目を再び細め、大きく頷く。
深く語らずともわかり合える。そんな関係は、この二人だから築ける。お互いに、そう信じて疑わない。
「来週、あっち帰るからスケジュール調整せぇよ」
「え?」
「玲子と話つける」
「え?は?」
「勝手に携帯借りた。てか、はよせぇや。千彩に遅いー!って拗ねられても知らんぞ」
ゆっくりと明けていく闇。外はきっと凍えそうに寒いのだろう。
「さぁて。タバコでも吸うかな」
「俺もっ」
大きく伸びをして窓を開けようとした晴人を、恵介が慌てて上着を持って追いかける。
「さむっ!」
「さすがに冬の真っただ中やからなー」
「昔さぁ、こんな寒い日でもよぉ二人で俺ん家の前の公園おらんかった?」
「おったおった!」
かじかむ手を擦り合わせ、タバコに火を点けて空を見上げる。白んだ空がやけに清々しく見えた。
「ほんでさ、玲子が電話かけてくんねんな」
「そーそー。コーヒーとみそ汁どっちがええ?って」
「俺はコーヒーや言うのに、アイツが持ってくんのはいっつもみそ汁やねん」
「天邪鬼やからなー、玲子」
「わかってやれんかったんは…俺なんやろな」
ふと紡がれた、悲しげな声音。空を見上げたままの晴人の横顔は、切なそうに曇っていた。
「ちーちゃん…連れてくんか?」
「ん?おぉ」
「何て言うん?」
「何てって…俺の婚約者やって」
「ちゃうやん。ちーちゃんに」
あぁ、忘れていた。
玲子と話をしよう。そればかり考えていて、大切なことを忘れていたことに気付く。しかも、一番忘れてはならないことを。
「まっ、何とかなるやろ」
いつも言われる側の晴人が、空を見上げながら白い煙と共に吐き出した言葉。言えずにいた恵介は、同じように空を見上げてふぅっと煙を吐き出した。
ペシンッと額を叩いても、ピクリとも反応しない恵介。いつものことなのだけれど、だからこそ苛立つ。こんな時、決まって千彩の笑顔が見たくなるのは、もう晴人の中で千彩の存在が必要不可欠になっている証拠だろう。
「仕事…なぁ」
フォトアーティストへの道を選んだのは、紛うことなく自分だ。けれど、デザインも嫌いではなかった。
自分がデザインした服を恵介がコーディネートし、それを着たモデルがランウェイを歩く。熱いくらいのライト、多くの観客の声。ステージに立つのは自分達ではないけれど、それはそれで十分な達成感があるだろう。
上京した頃は、そんなことを夢に見ていた。
「俺の人生に平和は無いんか」
ピンッと指先で弾いたのは、ぐっすりと眠っている恵介の鼻の頭。さすがに痛かったのか、うぅんと恵介が呻いた。
「来週、あっち帰るぞ。さっさと起きて仕事の調整せぇ」
晴人の言葉に、未だ夢の中に片足を突っ込んだままの恵介が再び呻く。
「おーきーろっ!」
滅多に聞かない晴人の大声に、慌てて体を起こした恵介。それにニッと八重歯を見せ、晴人は笑った。
「さっさと起きろ」
「え・・・?あぁ、うん」
「片付け、お前も手伝えよ?」
「あー・・・うん」
「愛しのちーちゃんを迎えに行こか」
自分で言ったくせに照れ笑いをする晴人に、恵介はまだ開ききっていない目を再び細め、大きく頷く。
深く語らずともわかり合える。そんな関係は、この二人だから築ける。お互いに、そう信じて疑わない。
「来週、あっち帰るからスケジュール調整せぇよ」
「え?」
「玲子と話つける」
「え?は?」
「勝手に携帯借りた。てか、はよせぇや。千彩に遅いー!って拗ねられても知らんぞ」
ゆっくりと明けていく闇。外はきっと凍えそうに寒いのだろう。
「さぁて。タバコでも吸うかな」
「俺もっ」
大きく伸びをして窓を開けようとした晴人を、恵介が慌てて上着を持って追いかける。
「さむっ!」
「さすがに冬の真っただ中やからなー」
「昔さぁ、こんな寒い日でもよぉ二人で俺ん家の前の公園おらんかった?」
「おったおった!」
かじかむ手を擦り合わせ、タバコに火を点けて空を見上げる。白んだ空がやけに清々しく見えた。
「ほんでさ、玲子が電話かけてくんねんな」
「そーそー。コーヒーとみそ汁どっちがええ?って」
「俺はコーヒーや言うのに、アイツが持ってくんのはいっつもみそ汁やねん」
「天邪鬼やからなー、玲子」
「わかってやれんかったんは…俺なんやろな」
ふと紡がれた、悲しげな声音。空を見上げたままの晴人の横顔は、切なそうに曇っていた。
「ちーちゃん…連れてくんか?」
「ん?おぉ」
「何て言うん?」
「何てって…俺の婚約者やって」
「ちゃうやん。ちーちゃんに」
あぁ、忘れていた。
玲子と話をしよう。そればかり考えていて、大切なことを忘れていたことに気付く。しかも、一番忘れてはならないことを。
「まっ、何とかなるやろ」
いつも言われる側の晴人が、空を見上げながら白い煙と共に吐き出した言葉。言えずにいた恵介は、同じように空を見上げてふぅっと煙を吐き出した。