Secret Lover's Night 【連載版】
現在 vs 過去
3日後
新幹線の窓から外を眺めながら、寄り掛かる千彩の小さな頭を撫でる。うぅんと小さく唸る声が、晴人は堪らなく好きだった。
メランコリックな気分は、こうしていつも千彩が浄化してくれる。それは、出会ったあの日から変わらない。
「ちぃ、あの…な」
結局、千彩には何も言えぬまま。たまには実家に帰ろう。そんな軽いノリで新幹線に乗せた。空よりも陸の旅を選んだのは、少しでも到着を遅らせるためだった。
「好きな子が…おったんや。幼稚園からずっと一緒でな。口は悪いしお節介なんやけど、どっか憎めん奴やった」
名古屋を過ぎ、岐阜を過ぎ、いよいよ辛抱堪らなくなり、眠っている千彩に懺悔とばかりに語りかける。その表情は、懐かしげな反面、どこか寂しげで、どこか悲しげだった。
「ケンカばっかしとったんやけど…大事にしたかったんや。結局、泣かせてもぉたんやけどな」
次は京都。そして、大阪。近付くにつれ、胸の痛みが増してくる。
今頃、玲子はどんな思いで自分達を待っているだろうか。一足先に出た恵介は?智人や悠真は?
グッと唇を噛む晴人は、薄らと開いた千彩の瞳に気付いていなかった。
「ショックやったなぁ、アイツが黙っておらんようなった時。電話しても出んし、かけてもこんし。仕事あるから帰って会うことも出来んし。もうええわって思ったら、急にバカバカしくなってな。散々遊んで、色んな女と付き合うて、結婚なんかするつもりなかったんや」
ポタリ、ポタリと落ちる涙。頬を伝う温かい感覚に気付いた途端、どうにも堪えきれなくなった。
「あの日お前と会ってなかったら、俺は今でも独りやった」
そっと優しく頬に触れた柔らかな感触。肩にかかっていた重みが、一気に軽くなった。
「はる、寂しい?」
にっこりと笑う千彩は、あの日この腕の中に閉じ込めたいと願った天使のまま。真っ白なまま変わらず、ただただ真っ直ぐに自分を見つめてくれる瞳。ギュッと抱き締めると、柔らかで、温かい。
晴人にとっての幸せは、愛する千彩の存在。それ無くしては、世界が成り立たないのだ。
「いつから…起きててん」
「好きな子がおったってとこから」
「ははっ。最初っからか」
参ったなぁ。と涙を拭う晴人に、千彩は「んー…」と少し考えて、困ったように笑った。
「はる、あのね?」
「ん?」
下がった眉尻と、潤んだ瞳。問わなくとも、千彩が不安を抱いているだろうことはぐに予想出来た。
「大丈夫や。俺はどこにも行かん」
ギュッと頭を抱えると、ピタリと首もとに頬を付けてくすんと鼻を鳴らす。そんな仕草一つ一つが、晴人にとっては愛おしい。
「お前は何も心配せんでええ。もう終わったことなんやから」
何度も口にしてきた言葉。それでも「終わったこと」に出来なかったのは、自分自身の弱さのせいだと思っている。
「俺はお前を絶対に裏切ったりせん。だから・・・」
どうか、裏切らないで傍に居てほしい。
言い切れなかった言葉を呑み込み、晴人はそっと千彩を抱き寄せる。頭の中を巡るのは、過去の想い。そして、鈍く痛む傷痕。
目を伏せ、腕の中の温もりを確かめるようにギュッと力を込める。
「大丈夫。ちさがずっと一緒にいるよ」
まるで、何もかもを見透かされたようで。
少し体を離して見つめると、無理して笑う千彩が頼りなく頷いた。
「だいじょーぶ。ね?」
知り合った頃は、それこそ幼稚園児と変わらぬ程に幼かった千彩。それが、こうして時折女の表情を見せるようになった。それが嬉しくもあり、寂しくもある。
「しっかりせなあかんなぁ。俺の方が大人やのに」
「ちさだって大人やもん!」
ぶぅっと膨れた頬にキスをし、よしよしと頭を撫でる。
到着まで残り数分。
いつまでこうして笑っていてくれるだろう。そんな不安がふと頭を過った。
新幹線の窓から外を眺めながら、寄り掛かる千彩の小さな頭を撫でる。うぅんと小さく唸る声が、晴人は堪らなく好きだった。
メランコリックな気分は、こうしていつも千彩が浄化してくれる。それは、出会ったあの日から変わらない。
「ちぃ、あの…な」
結局、千彩には何も言えぬまま。たまには実家に帰ろう。そんな軽いノリで新幹線に乗せた。空よりも陸の旅を選んだのは、少しでも到着を遅らせるためだった。
「好きな子が…おったんや。幼稚園からずっと一緒でな。口は悪いしお節介なんやけど、どっか憎めん奴やった」
名古屋を過ぎ、岐阜を過ぎ、いよいよ辛抱堪らなくなり、眠っている千彩に懺悔とばかりに語りかける。その表情は、懐かしげな反面、どこか寂しげで、どこか悲しげだった。
「ケンカばっかしとったんやけど…大事にしたかったんや。結局、泣かせてもぉたんやけどな」
次は京都。そして、大阪。近付くにつれ、胸の痛みが増してくる。
今頃、玲子はどんな思いで自分達を待っているだろうか。一足先に出た恵介は?智人や悠真は?
グッと唇を噛む晴人は、薄らと開いた千彩の瞳に気付いていなかった。
「ショックやったなぁ、アイツが黙っておらんようなった時。電話しても出んし、かけてもこんし。仕事あるから帰って会うことも出来んし。もうええわって思ったら、急にバカバカしくなってな。散々遊んで、色んな女と付き合うて、結婚なんかするつもりなかったんや」
ポタリ、ポタリと落ちる涙。頬を伝う温かい感覚に気付いた途端、どうにも堪えきれなくなった。
「あの日お前と会ってなかったら、俺は今でも独りやった」
そっと優しく頬に触れた柔らかな感触。肩にかかっていた重みが、一気に軽くなった。
「はる、寂しい?」
にっこりと笑う千彩は、あの日この腕の中に閉じ込めたいと願った天使のまま。真っ白なまま変わらず、ただただ真っ直ぐに自分を見つめてくれる瞳。ギュッと抱き締めると、柔らかで、温かい。
晴人にとっての幸せは、愛する千彩の存在。それ無くしては、世界が成り立たないのだ。
「いつから…起きててん」
「好きな子がおったってとこから」
「ははっ。最初っからか」
参ったなぁ。と涙を拭う晴人に、千彩は「んー…」と少し考えて、困ったように笑った。
「はる、あのね?」
「ん?」
下がった眉尻と、潤んだ瞳。問わなくとも、千彩が不安を抱いているだろうことはぐに予想出来た。
「大丈夫や。俺はどこにも行かん」
ギュッと頭を抱えると、ピタリと首もとに頬を付けてくすんと鼻を鳴らす。そんな仕草一つ一つが、晴人にとっては愛おしい。
「お前は何も心配せんでええ。もう終わったことなんやから」
何度も口にしてきた言葉。それでも「終わったこと」に出来なかったのは、自分自身の弱さのせいだと思っている。
「俺はお前を絶対に裏切ったりせん。だから・・・」
どうか、裏切らないで傍に居てほしい。
言い切れなかった言葉を呑み込み、晴人はそっと千彩を抱き寄せる。頭の中を巡るのは、過去の想い。そして、鈍く痛む傷痕。
目を伏せ、腕の中の温もりを確かめるようにギュッと力を込める。
「大丈夫。ちさがずっと一緒にいるよ」
まるで、何もかもを見透かされたようで。
少し体を離して見つめると、無理して笑う千彩が頼りなく頷いた。
「だいじょーぶ。ね?」
知り合った頃は、それこそ幼稚園児と変わらぬ程に幼かった千彩。それが、こうして時折女の表情を見せるようになった。それが嬉しくもあり、寂しくもある。
「しっかりせなあかんなぁ。俺の方が大人やのに」
「ちさだって大人やもん!」
ぶぅっと膨れた頬にキスをし、よしよしと頭を撫でる。
到着まで残り数分。
いつまでこうして笑っていてくれるだろう。そんな不安がふと頭を過った。