Secret Lover's Night 【連載版】
不安がって離れようとしない千彩を恵介を使って何とか引き離し、晴人はデスクでカメラの準備を始める。

スタジオの奥にあるメイクルームからは、わーわーと嫌がる声が響いていた。

「ハル、ちょっといいか?」
「何でしょうか、所長様」

管理職である織部が、専門職のスタッフのやることに口を挟むことは少ない。特にここの看板アーティストである晴人や恵介のやることに関しては、どこまでも寛大だった。

「お前の彼女は、その…リエちゃんだと」
「あぁ、そうっすね。別れましたけど」
「え?あっ、そう。いや、そうじゃなくて!あの子…チサちゃんだっけ?あの子は?」
「さぁ」

元々気まぐれな晴人がコロコロと恋人を変えることは、この事務所内だけではなく共に仕事をする者ならば周知の事実で。それ自体に、織部は文句をつけるつもりはない。仕事はきちんとこなすし、何の問題も無い。

けれどそれで片付けてしまうには、突然連れて来た「チサ」と呼ばれる少女の素性がわからなさ過ぎた。


新たに言葉を掛けようとした織部を軽く手を挙げて制し、晴人が言葉を続ける。

「俺ね、モデルには極力脱いでほしいと思ってます。もし拒まれても、俺には脱がせる自信がある。でも、それだけが俺の仕事やない」
「わかってる。ハルの腕は、誰もが認める腕だ」
「誰もが…ってのは言い過ぎやけど。まぁ、それなりに賞やら何やらも貰ってますし?」
「あぁ」
「でも俺は、出来ることなら自分の女には脱いでほしくない。男のワガママってやつですかね?」

ははは。と笑い、織部に向き直る。そして、少し強めの声で言った。

「俺は、あいつを脱がせたくない」
「それはつまり…あの子が「自分の女」ってやつってことか?」
「どうでしょ?」

明言は避け、カメラを手に席を立つ。今日は久しぶりにいい気分で撮影が出来そうだ。と、カメラを持つ手も軽く感じた。

けれど、そんなに甘くはないのが現実で。


「ねぇ、リエと別れたってマジ?」


行く手を阻むのは、左眉をクイッと釣り上がらせた沙織で。またリエか…と、我慢していたため息が盛大に漏れた。


嗚呼、幸せが一つ逃げてしまった。


ふとそんなことを思う。

「リエ、私の友達なんだけど」
「みたいやな」
「あの子が原因?」
「さぁ」

自分も隙あらば…と狙っていたくせによく言う。と、ジトリと視線を纏わり付かせる沙織に不快の色を隠さずに見せ、晴人は黙って隣を擦り抜けようとした。

けれど、思い立ってふと足を止める。


「リエに何て言おうが沙織ちゃんの勝手やけど、あいつに何かしたら…俺、黙ってへんで」


その言葉にため息を吐いたのは、第三者である織部で。それに気付かぬフリをして、晴人はスタジオの奥にあるメイクルームへと足を進めた。
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