Secret Lover's Night 【連載版】
「どした?」
「はる…泣いたらイヤ。ちさ、逃げたりせんから」
「泣いてへんやん」
「悲しそう…」

千彩にはそう見えるのか。と、一度ゆっくりと瞬きをして、晴人はアルコールで気だるくなり始めた体を屈める。

そして、不安げに擦り寄る千彩の両頬を手で挟んで自分の方へと向かせ、にっこりと笑って見せた。

「大丈夫や」
「ほんま?」
「ほんまです。なので、ちぃちゃんはそれを食べたらシャワーを浴びてください」
「ん…?はぁい」

小さく首を傾げながらも、千彩は素直に頷いてくれて。「可愛い女」とはこうゆう女のことを言うのだ。と、電話口で喚いていた元恋人を思い出し、再び向き合った冷蔵庫に向かってはぁーっと大きなため息を吐き出した。

「はる…」
「晴人さーん。愛しの姫が心配してますけどー?」
「ん?あぁ。せやなぁ」

扉を閉めビールのフタを開けると、どこからともなく手が伸びて来る。あっさりとそれを奪い取られ、手持ち無沙汰の晴人はカウンターに手を突いて項垂れた。

「飲み過ぎたらダメ」
「んー?飲みたい時もあるんですよ、大人には」

その言葉にぷぅっと頬を膨らせた千彩が、無言で晴人に缶を押し返す。おや?っと驚いて目を瞠る恵介には目もくれず、ペタペタと足音を立てながらベッドルームに入り、パジャマを手にまた戻って来た。

「ちさは子供やから、シャワーしてもう寝るっ」
「はーい。ちぃちゃんおりこーさん」
「もーっ!」

地団駄を踏む千彩の頭をよしよしと撫で、晴人はそのままギュッと頭を抱き抱えた。

「可愛いなぁ、ちぃは」
「もー!」
「はいはい。シャワー浴びておいで。な?」

半ば追い出すようにして、扉が閉まった瞬間にその場へ座り込んだ。

それを見かねたのか、だんまりを決め込んでいたメーシーが缶ビールを持ったままの晴人の腕を掴む。

「取り敢えずソファ座れば?」
「ですねー」
「何?思春期なの?王子」
「ですねー」

軽い調子のメーシーの言葉が、今はとても心地好くて。それに甘えるように体を預け、晴人はドサッとソファへと倒れ込んだ。

そして、さっきまで千彩が抱いて寝ていたクリーム色のくまを抱え、一気に缶の中身を煽る。


出会いも別れも、そんなに重要視はしていなかった。
そう、別れは特に。


けれど、どうにもこうにも呑み込めない想いが、今、喉元に支えていて。

それが何なのか、それをどう言葉にすれば良いのか。晴人にはわからないでいた。
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