Secret Lover's Night 【連載版】
「ドレス着て、お化粧されて、お人形みたいに座ってるお店」
「お酒飲む店?」
「んーん。違う」

風俗店か…と、思わず眉間に皺を寄せる。それに気付いた千彩が、情けなく眉を下げて首を傾げた。

「えっとね、そこで待ってたらおにーさまが迎えに来るって言われた」
「お兄ちゃん、待ってたん?」
「お兄ちゃんじゃないよ?おにーさま」

唇を尖らせる千彩に、「ごめん、ごめん」と笑って頭を撫でてやる。すると、今度は千彩の方から話し始めた。

「ずっと待ってたけどね、おにーさまは迎えに来なかった。きっとおにーさまもね、ママと一緒でちさをほかしたんよ」
「ママは…ちーちゃん捨てたんか?」

今にも泣き出しそうな千彩の頭を撫でながら、恵介は尚も言葉を続ける。晴人が居なくて良かった…と、心底そう思った。

「ママはね、悲しいことがいっぱいあって、いっぱいお酒飲んで壊れたっておにーさまが言ってた」
「…壊れた?」
「そう。だから、ママは遠くへ行っちゃった」

言葉を続けようにも、物悲しげにする千彩の姿にどうにも憚られて。黙って千彩を見つめていると、ギュッとぬいぐるみを抱き直した千彩が言葉を続けた。

「おにーさまはね、ヤクザ屋さんってお仕事」
「はぃ?」
「東京に来てね、ボスのとこに行った」
「ボス!?」
「そう、ボス。ボスは優しかったよ。ちさのお友達」
「ちーちゃん…お兄様って、ちーちゃんのお兄ちゃんちゃうの?」
「だから違うってばー。おにーさまはおにーさま。ボスの子分で、ボスが一番偉いの!」

さもそれが当然かのように言うものだから、ツッコミすら言葉に出来なくて。黙ってそれを呑み込むと、また千彩がしゅんと肩を落とした。

「でもね、おにーさまずっと帰って来なくなって…そしたらボスが死んじゃって、怖い人がいっぱい来て…」
「ちーちゃん」
「おにーさま、迎えに来なかった。ちさが悪い子やからほかしたんやね、きっと」
「そんなことないわ。もう…大丈夫やから」

そっと千彩を抱き寄せ、恵介は囁くように言う。痛々しい心を抱える千彩に、どうか安心してほしい…と。

「はるはね、ちさを捨てないって言ってたよ?」
「あいつはそんなことせんよ、絶対」
「ちさ、はるのこと大好き」
「うん。せやな」
「けーちゃんのことも大好き」


だからそんな顔せんといて…


と、千彩の細い指が恵介の頬を撫ぜる。その手をピタリと頬に着け、恵介は願った。

どうかこの小さな恋が上手くいきますように…と。
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