Secret Lover's Night 【連載版】
つい一週間ほど前までは、晴人が事務所に顔を出すのは決まって午後からだった。

早い時間の撮影は滅多に受けない。それどころか、わざと遅めの時間帯に撮影を入れ、修整やら合成を済ませてから事務所を出る。そのままスタッフと飲みに出ることも多かっただけに、帰りは言わずもがな午前様だった。


けれど、ここ一週間はどうだろう。


まるで会社勤めのサラリーマンが出社するような時間に顔を出し、前日の写真の処理をする。遅い時間の撮影は受けず、なるべく無駄な空き時間が出ないように詰めてスケジュールを組む。そして、それが終わればさっさと帰宅。飲み歩くことも無くなった。

そんな晴人の変化に、事務所内だけではなく撮影にやって来るモデルまでもが驚いている。

まぁ、当然と言えば当然だろう。

「噂されてるよ、王子」
「ん?誰に?」
「モデルさん達」
「あー。どんな?」
「結婚したんじゃないかーってね」
「結婚?どっからそんな…」

生活スタイルを変えたくらいで?と晴人は思うけれど、「それが一番の原因だっての」と突っ込まれ、ふぅっとため息を吐くしか出来なくなった。

「いいんじゃない?この際噂通りに身を固めても」
「あほなこと言いな」
「いいと思うけどなー、俺は。まっ、王子がこのまま真面目ならって話だけど」
「どうやろな、そればっかりは」
「自信ないの?あーあ。可哀相な姫」
「冗談に決まってるやろ」

あはは。と笑いながら去って行くメーシーの後姿に、もう一度ふぅっと息を吐く。


千彩とは、確かに一緒に暮らしている。手を繋いで買い物に行き、並んで料理を作り、それをまた並んで食べる。片付けをしている間に千彩をシャワーに向かわせ、ちょうどそれが終わる頃に出てくる千彩の髪を乾かしてやる。シャワーを浴びて少し酒を飲み、抱き合って眠る。そんな穏やかな毎日を過ごしている。


けれど、そこから先には踏み込めないのだ。


いつか教えてやると言ったこともそのままにしているし、自分の昔話や千彩の昔話をすることもない。晴人さえ踏み込めば千彩はそれに素直に応じるのだろうけれど、まだもう少し…と、臆病な大人は踏み込めないでいた。


「結婚…なぁ」


ボソリ、と呟いた晴人に、メーシーがクスッと笑いながら振り返る。そして、少し茶化してやろうかと言葉を掛けようとした。


けれどそれは、一人の訪問者によって遮られることとなる。
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