僕の守護する君の全て。
「ちょ…!待っ……!」
慌てて振り返り、止めようとする僕の目に飛び込んできたのは……。
『パチン!』
優雅に鳴らされた白い指。それと同時に外から派手に響いてきた叫びに、何事かと驚く人々。
あー!!もうっ!!またかっ!!
「鹿山さんっ!!」
こうなってしまっては行儀もクソもカウンターの端を回っていく余裕もあったものではない。
両手を使って勢いをつけ、えいや!!とカウンターを飛び越えてロビーへ。そのまま自動ドアまでダッシュ。タイミングなど考えず走りこめば、うっかり左肩を強かに打ち付けてしまったが……
目の前にある光景は予想通りとはいえ、本当に『それどころではない』もの。
「な…な、ななっ…!あ、な……!!!」
まともに言葉を発する事すら出来ない位に驚き、狼狽える鹿山さん。彼の体は今、染み1つなかった白い地面へとジワジワ沈みこみ始めている。まるでヘドロの沼へと足を踏み入れてしまったかの様に、ゆっくり。しかし確実に。
あーエグい、っ……毎度の事ながら本当ーにエグい…!
「鹿山さん!!」
無駄だと分かっていても、このまま放置するなんて人として出来るはずもない。大声で呼び掛けながら固い地面に腹這いになると、
「たぁ、…っ…助けて、っ…!」
先程までの赤黒さが嘘みたいに蒼白になった顔で僕を見つめ、腕を伸ばす。必死に掴んでくるその腕を両手で捕まえ、何とか動きを止めようと引っ張り怒鳴る。
「鹿山さんっ!いいですか、良く聞いて下さい!!
謝って下さい!とにかく精一杯謝って!!」
「……は…ひ…?」
『訳が分からない』と言った風の彼に、細かく説明してあげたいけれど…こうして話している間にも僕の体ごとジワジワと地中に向けて引っ張られていく。そこまで非力なつもりもないが、掴み所も踏ん張り所もないこの場所に加え、見るからにズッシリとしたこの人の体格では正直もうどうしようもないと言うか……
「ほら!僕も一緒に謝りますから、ねっ?とにかく心から……」
「無駄ですよぉ、幸君。大体ねー、何が悪かったのか分かっていない相手に謝られた所で、益々気分を害される一方じゃないですかぁ!」
凍り付いた表情でこの恐ろしい状況を見つめる人達とはあまりに対照的に。ぺたぺたと間延びした足音と共に近づいてくる声はむしろ楽しんですらいる様な雰囲気。
思わず睨み付ける様にして振り返れば長い銀髪をくるくると指に巻き付けて遊ぶ鬼上司ににっこりと微笑みかけられた。