あおぞらカルテ
麻酔がかかる前。

オペ室にやってきた浦賀さんは、少しばかり緊張した面持ちで、


「ついに来ちゃったわ~、この日が。長年連れ添った私の胃袋さんともお別れねぇ」


車椅子に座ったままオレを見上げた。

オレはマスクを顎までずらし、浦賀さんに言う。


「僕達が大事に浦賀さんの胃袋さんを取り出してあげますから、大丈夫ですよ!」

「あはは、出産みたいねー。大事に取り上げてくださいね!」

「お任せください!」


まだ準備中のオペ室で、いつも通りの笑い声が響いた。

その30分後。

手術台に横たわって眠る浦賀さんを目の前にして、不思議な感覚に襲われた。

浦賀さんは、浦賀さんじゃなくなっていた。

オレにとっては、ただの“胃癌患者”だったんだ。

自分の心境の変化は、医者としては自然であり、人間として不自然だって気づいてる。


「摘出完了ー。すぐに病理にまわしてー」


村瀬先生の手によって膿盆に乗せられた浦賀さんの胃は、ただの臓器で“胃袋さん”なんかじゃない。

視界に入るのは、緑のシーツと術野のみ。

オレは、誰を相手にしてる?
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