あおぞらカルテ
母さんが亡くなったのは、オレが小学生のときだった。

父さんは医者なのに、母さんを治せなかった。

当時は父さんを憎んだ。

なんで治せないの?って。

でも、世の中には治せない病気もあるんだって、その後に知った。

父さんが母さんにしてあげたことは、病気を治すことじゃなくて、母さんに幸せな時間を作ってあげることだった。

辛くないように、痛くないように、苦しくないように。

それは、諦めじゃなくて、ある意味“前向き”な治療だったことを知ったのは、医学生になってからだった。


「なんだ、今日は泊まりか?」


真夜中、病院の自販機の前で父さんに出会った。

微糖のコーヒーを拾い上げたオレの横に立って、100円玉を自販機に入れる。

身長は同じくらいになったけど、いつも親父の背中は大きい。


「父さんこそ、重役なのに泊まりかよ」

「ん~、緊急オペになった患者さんがいて、さっき終わったとこだ。もう帰るよ」


ガコンと音がして、父さんはコーラを拾い上げる。


「母さんってさ…」


オレは唐突に聞いた。


「心不全だったの?」


あまり触れてはいけない話題だと思って、今まで聞かなかったんだ。

だから、母さんの病気のことを、父さんの口から聞くことはほとんどなかった。

周りから聞くことはあっても。
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